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2005年8月31日 (水)

生きてるって素晴らしい

こんばんは。

動悸、息切れがつづき、鳩尾をさすりながらパソコンを打っています。

よくある症状で、あまりにひどい時は睡眠薬を一錠多く飲んで寝るようにしているんですが。でも、ブログを初めてからは、パソコンの前に座るとなんか落ち着いてきます。

世の中大変な状況の中で、精一杯生きている人がたくさんいます。

それは、一昨日の24時間テレビを観て改めて感じた事です。今年のテーマは”生きる”。いつも私の頭の中にある言葉の一つです。

観ていて涙が止まりませんでした。

人の寿命は生まれた時から決まっているなんて言われています。私が、自分は生きているって感じる瞬間は、ギャグを言って人を笑わせた時、真白なパソコン画面にありったけの文章力・表現力・ボキャブラリーを駆使して自分の心模様を、黒い活字として表現できた時など・・・。

パソコンの画面は何でも聞いてくれる。このブログは、コンテストの審査員という関所を通らなくても私という人間を世界に向けて自由に発信できます。

書くということは、自分と向き合うこと。時には自分でも知らなかった自分にキーを打っていると出会わせてくれる。背伸びせず素直に自分の心が表現できると、この上ない優しい気持になれる。自分の心と体はつながっている。精神と肉体でひとりの私。自分を愛せないと他人も愛せない。そのような、素直な文を書いている瞬間は、自分の体を大切にしなきゃと気づかせてくれる。

心を病んで苦しくて、私は時に体に悪い事をしてしまった。なれないお酒を痛飲した。一時は苦しみから解放できる。でも、翌日に残るのは二日酔いと自責の念。

過去を悔やんでも過ぎてしまったことを変えることはできない。頭を真白にするとはどういう感覚をいうのか。自分の思考と関係ない、自分を強迫したり、責めたてる雑念が次々と湧き出す。泉から水が絶え間なく湧き出るように自分の意思ではコントロールできなくなる。自分の太ももを叩いて、その痛みで紛らわせようとした。

でも、それも生きているということ。

苦しんだあとは、人の優しさがやけに身にしみる。それは、孤独な自分と闘ったご褒美のようだ。頑張った自分へのプレゼント。

地域の人と笑顔で挨拶を交わす。知らない人の笑顔と優しい声が耳から入って、スーッと心にしみこんでいく。

生きているって素晴らしい。

自分は人から言わせれば他の同世代より遠回りな人生を送っているかもしれない。世間がどう思おうが、自分はカッコ悪いと思っていない。

表面でしか物事を見ない一部の世間の人々に、ビクビクし自分がその波に飲みこまれてしまったら私の魂はこの世からいなくなる。それでは自分が可哀想。

自分は自分で守るしかない。

生きている。いつも自分は自分でいること。

今日の薬 アナフラニール10mg メデタックス1mg デパス0.5mg

このあと、ブロチゾランという睡眠薬を飲んで寝ようと思う。

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2005年8月25日 (木)

おならとともに吹き飛んでいった?青春

初めまして。こんにちは。

台風が来ていますね。皆さん、外を歩く際はお気をつけください。

記念すべき第一回のテーマが”おなら”だというのには、わけがあります。

人間生きていれば、どんな美人も、ハンサムも陰ではこっそりブブッとやってるわけですから。恥ずかしがらずに行こうと思います(笑)

この世におならが原因で、学校中退した人、会社をやめた人、失恋した人、一発のおならで人生が台無しになった人どのくらいいるんでしょうか。

私は学校を自主退学しました。

何らかのプレッシャーや緊張感があるとすぐお腹にきて、便意をもよおし、頻繁におならが出そうになる。物心ついた頃からこの症状があります。

おなら恐怖症が、対人恐怖症につながり、もっと深く掘り下げると自分の性格の問題。心の病の範疇にはいってしまうんですよね。通院を始めて6年になります。安定剤、頓服を常用。最近は、6時間持続する睡眠薬も常用しています。

医学的にはどんどん出したほうが良い。西洋では人前でゲップする方が失礼だと言われてますね(だからといって、おならを平然と出してよいというわけじゃないけど)。

おならをしても平気な国があるのなら行きたい。おならをしても音が出ない防音パンツなるものが存在したらなあ、誰か開発してくれないかなあなんて昔は散々考えました。でも最近はこんなものがあるそうですよ↓

http://www.onara.co.jp/gbgmir.html

欲しい・・・。

本を読みあさり、病院をはしごし自分で出来る工夫はやり尽くしてきました。まだまだ生活に支障が出ています。電車に乗ること、エレベーターに乗ること、昼TVをつけると「笑っていいとも」やってますが、観客が定位置について観覧している、それ自体が私には信じられないことなんです。

自分はいつも人中にいる時、自分の周りにどれくらい音が存在しているか耳をすませています。
おならを我慢すると、お腹の空気が動いてグルッとなるし、もしおならが出てもそれに勝るほどの音が存在するならば、おならやお腹の音は消されてしまうわけなので。
つまり、静かでも自由に歩きまわれて出入りが自由な場所だったら、OKなのですが、静かめで「そこにじっと居なければならない」定位置についていなければならない場所は私にとって地獄です。

なのでここ8年旅行らしい旅行もしてないし、外に出ても行く場所が限られてきます。他の人と比べると行動範囲がかなり狭いです。そんな生活も定着してきました。

私と同じような経験のある方、今実際に苦しんでいる方お返事ください。(メールは受け付けてませんが)コメントなどで。

自分は小さな頃から漠然と表現者になりたいと思っていました。

企業とか一般社会じゃなく芸術やエンターテイメントに自分の身を置いたときとても、楽になれそうな気がします。

最近ある編集者と出会い、自分の生い立ちから現在まで自己紹介し、何回かメールの交換をして自分のことを認めていただきました。

プロの方にほめていただくのは、とても大きな収獲です。

原稿を送ることになっています。いつになるか未定だけど。

原稿、どんな形の文章にしようか構想はねっているのですが、かなり迷っています。体験記となると赤裸々に書かなきゃいけない、エッセイにしようか、私小説のようにして自分のプライバシーを守れる形の本にしようか、色んな本を読んでひとりで研究しているのですが、アドバイスいただけたら大変嬉しいです。

わたしはまだ20代になったばかり。世の中大変な状況の中で生きてらっしゃる方は沢山います。私の体験(詳しい事はかけませんが、けっこう山あり谷ありな)を書いて、世の中にメッセージを発信できたらなんて思います。文章という形で少しでも、人のお役に立ちたいとも考えております。

原稿書くなら、やはり出版社側に認めていただき本として世にでるのが理想です。

本にするというのは、定価をつけて、読者に買ってもらう。不特定多数の人に読んでもらう作品にしたときに、どういう文章を書くのか、それから、構成力はあるのか、描写力はあるのか、あるいは企画そのものが、読者にとって魅力のあるテーマなのか・・・いろいろ求められます。
無料出版(企画出版)はかなり難しいらしい。
自費出版はかなりお金がかかるので、私が相談した出版社は企画出版のみの会社です。

これからどんなブログになるか予測もつきませんが、自分のスタイルを貫けるような日記にしていきたいと思います。(それに人間誰もが持っている喜怒哀楽を表現してゆきたい)これから日記をつけていくうちに、私がどんな人間か、毎回毎回その一部分が表れていくことでしょう。私という人間を少しずつ知っていただき、忌憚のない様々なご意見・ご感想お待ちしています。ただし、明らかに不快だと感じたコメントは予告なく削除してゆきます。

皆さん読んでいただきありがとうございました。

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