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2005年9月15日 (木)

母より先に死なないと決めている

眠れなくても、PCの前に座ると落ち着いてくる。このブログを不特定多数の人が読んでも読まなくても(読んでくれるのを祈る・笑)自分の胸のうちを吐き出すことが出来るから。

自分の息づかいが伝わるような文を書きたい。

昨年の夏ごろまでは、娑婆でわたしひとりだけが遊離しているのではないかという感覚があった。外を歩くと、全身が透明のベールに覆われていてそのベールを通して、自分以外の周りの景色を眺めているような感じ。

体調を崩し、寝ていて自分の部屋の窓の外に目をやると、ガラス一枚隔てた向こうの景色は全く現実感が無くテレビ画面に映し出された街のように縁もゆかりもないものに見えた。

それは、母が死んだら、私は家の中で餓死をする、なんてことを考えていたせいかもしれない。

私の父は私が生まれる一ヶ月前に急死した。つまり、母が妊娠9ヶ月の時に。母は私が生まれるまで毎日毎日泣き続けたという。母は「悲しくて泣いてばっかりいたから、胎児に影響したんだろうね。たかちゃん(私)に可哀想なことをしてしまったね」なんて言う。それに母のほうがよっぽど苦労しているのに「たかちゃんが、お父さんの顔を見られなくて残念だった」ともいう。私は「お母さんがいるだけで幸せだよ」とこたえる。

我が家は母と私の2人暮らし。最愛の人をなくし、計り知れない辛い経験をした母の背中を見て育ってきた。虚弱体質で、神経質で、感受性が強くて、心の病を抱えている私は母に相当な心配をかけている。それでも明るく楽観的な母は「おまえは真面目すぎるから、同い年の子たちのように夜遊びしてもいいんだよ」と言ってくれる。

枕が汗と涙と吐息で湿り、顔を伏せるとブラックホールに吸い込まれそうな時があった。私がまだ16歳だったころ、症状に耐え切れず保健室のベッドのうえで”死”を意識した時もあった。イジメにあっても、どんなに酷いことがあっても、母に愛し許されて育ってきたから、トンデモナイ人間にならずにすんだのだ。母の存在がなかったら、私は自制心を失い畜生のようになっていたかもしれない。

昨年の夏ごろまで、母が死んだら自殺しようという願望がいつも頭の隅にあった。しかしある出来事をきっかけに、その気持は薄れていった。私が信頼しているお姉さん的存在の人に告白したのだ。すると、いつも温厚なそのひとは顔を紅潮させ今まで見たことも無いような形相で叱りつけられたのだった。私はしばらく閉口しかたまってしまった。正気に戻った時、私はすっかり人間としての生命力を失っていることに気がついた。

その日を境にあまり考える事はなくなったが、いまでも時々顔を出す。母が死んで、私も死んだら2人合同の葬式が出来て、皆さんに2度足を運ばせずにすむなどと。それは生命力が落ちた時のしるしだ。

私がいま現在将来について考えている事、本を書く、愛する人と結婚する、母が死んだら私も死ぬ、企業に勤める。その4つの道がある。

女手ひとつで育ててくれた母より先に逝くほど親不幸な事はない。

人は生まれた時から寿命が決まってるなんていう。あと運命。天災や事故も待ち受けているかもしれない。

いま私が強く胸にちかっているのは、

母よりも一秒でも長く生きること。私が出来る最低限の親孝行。

寝ぼけています。誤字脱字、表現がおかしい部分があったら失礼しました。

P・S 昨日、近くにある農産物直売場に行ってきた。めあては買物よりも、そとに飼われている鹿2頭をみること。草を見せると近寄ってきて、モグモグ必死に食べる。丸く澄んだ眼、2頭寄りそい健気に生きる姿をしばらく眺めているうちに涙がでてきた。心洗われる思いだった。私は病気をしてからあらゆることに涙もろくなった。

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