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2005年9月16日 (金)

高校の先生

肌寒い夜ですね。私の住む信州は朝晩の気温の差が激しく、服装に悩みます。

高校時代の担任の男の先生に昨夜TELをしました。疲れている様子でしたが、受話器から先生の声がすると張りつめていたものがスーッと引いていくんです。自分の子供に話し掛けるような口調で、いつ聞いても懐かしい優しい声。悩みを話そうとしていたのですが、その声を聞いて、普通の近況を伝えるだけのTELになってしまいました。ああ、いつまでも話していたい・・・気分でしたが、疲れているときに申し訳ないので10分ほどで受話器を置きました。

それに比べて、学年主任だった先生が高飛車な人でひどい目にあいました。欠席しがちだった私は、ある日、担任とその苦手な先生、母の4人で話し合いをしました。「明日から一日も休まずに学校に来れないようなら、退学してもらう」と言ってきたのだ。私は「どうして?何も悪い事やっていないのに・・・」と悔しい思いで一杯だったのを覚えています。私のクラスは他のクラスから「まとまりがない」「あんなクラスにならなくて良かった」「質の悪い生徒の集まり」などと散々な陰口をたたかれていた。生徒会でも、もう一人の委員の子が一回も出席せず、いつも私ひとりで何もかもやっていた。掃除する生徒もほとんどいず、私と3人の友達だけでやる毎日だった。「正直者がバカを見るっていう感じだね」と口々に言いながら。

高校の細かいシステムは私と母は詳しく知らなかった。それに中学の先生に聞かされてきた内申書の話も、高校では食い違う点がいくつもあった。私がその時すでに病気だったこと、世渡りが下手なこともあるが、学年主任の先生のやり方には未だ納得いかない。私たちが母子家庭で弱い立場なのをいいことに一人の生徒の大切な人生を踏みにじった、そんな被害妄想までしてしまった。

中学校もやはり休みがちな私だったが、2年分の勉強の遅れを取り戻してやっと入った高校だった。担任の先生は私の意見を、学年主任に理解してもらおうと、あらゆる努力をしてくださった。しかし担任は高校に赴任してきたばかりだったので、その高校に長く居座っている頑固一徹な学年主任は聞く耳をもたず、結局私は休学届けを出し、泣く泣く自主退学したのである。

これほど先生(学年主任)を恨んだことは無い。過去の事を考えてもどうにもならないが、その恨みは根に持っている。

担任の先生には心配をかけてしまって申し訳なかった。でも先生と出会えたことがとても嬉しい。

いまでもこうして、TELをすると優しい口調で「どうした?」と聞いてきてくれるから。

★今日の薬 アナフラニール1錠 メデタックス1錠 ブロチゾラン2錠

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