« 秋の夜長にブログ | トップページ | 芋虫の恩返し »

2005年10月18日 (火)

プロレスが取り戻してくれた絆

通院するようになってから、隠し事が多くなってしまった。
友達には告白できても、身内には心配をかけるといけないから、病気のことを黙っていた。私のうちから車で1時間ほどの場所に、父を亡くしてから私たちを何かと支えてくれた母方の親戚の家がある。
母とは付き合いがあるものの、私は高校生の時に最後に行っただけで、ご無沙汰している。まだ遊びに行っていた頃は、隠していたので「進学はどうするの?」などと色々と聞いてきた。私は適当にこたえ、作り笑いでその場をつくろったが、うすうす異変には気づいていたらしい。

母も私も言おうか言うまいか悩んでいた。でもかなり心配性で感情的な人なので、良くなるまで黙っておこう、と2人で決めた。
電話がかかってくると、親戚ではないかといつもハラハラしていた。母が出たが、毎回口論になっていた。

再び昔のような関係を取り戻したい・・・。

4年経った昨年の夏。ようやく告白することにした。母が法事に出かける際、便箋8枚に綴って書いた手紙を託した。内容はお詫びと近況報告。将来のこと、自分の夢、プロレスを観ることが支えであること。渾身をこめて書いた。

そして、次の日親戚から電話がかかってきた。母がでると、どうしてもっと早く言ってくれなかったか、文面からひしひしと私の思いが伝わった、とのこと。泣きながら話していたらしい。心配をかけて申し訳なかった。

「よかった・・・」

私は4年間抱えていた心の重荷が降ろせた。年賀状交換だけの間柄から、以前のようにとはまだいかないが、理解してくれたことで再会できるようになった。それは母も強く願っていたことである。

数日後、親戚のおじさんから電話がかかってきた。
30年来のプロレスファンのおじさんは、私がプロレスを好きになったことを喜んでくれていた。うちはGAORAが見られないので、全日中継の音量を上げて、電話口から聞こえるようにしてくれた。

武藤選手と西村選手の試合であった。

「聞こえるか」

「聞こえる」

スピニング・トーホールドがでると、おじさんはドリー・ファンク・ジュニア選手を思い出すと言う。私は、いまも現役なんだよと教えた。

受話器から実況と観客の歓声が聞こえる。週プロ、ゴングで読んだ試合写真が浮かび上がる。試合中に瞑想をする選手を見たのは初めてだよ、と言っていた。

男手がない我が家の力になってくれていたおじさん。父親がわりだね、とおばさんと母は私に話し掛けていたものだ。

手紙だけではない。プロレスが取り戻してくれた絆でもある。


|

« 秋の夜長にブログ | トップページ | 芋虫の恩返し »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: プロレスが取り戻してくれた絆:

« 秋の夜長にブログ | トップページ | 芋虫の恩返し »