« 幸せのものさし | トップページ | プロフィール見てください »

2005年11月28日 (月)

9歳の遺書

意地っ張りの君は、人に迷惑をかけたくないから、悩みをすべて一人で片付けようとしていたね。一人では重過ぎるでしょう?
たまには甘えていいんだよ。メンツなんて気にしなくていい。みんな君の事をちゃんとわかっているから。ちょっとやそっとでは離れていかない。

人一倍繊細な君は、みんなに弱虫といわれて、悔しがっていたけれど本当は強い人だった。
人が苦しんでいるのを黙って見ていられなくて、自分を犠牲にしてまで、相手の事を思いやったね。そんなに頑張らなくていいよ。

寡黙な君は、皆の前では気持ちをうまく言葉に出来なかった。
家に帰って一人の部屋でワンワン泣いたね。
伝えようにも伝えられなかった内に秘めたメッセージ。涙となって次々と溢れ出てきた。

学校に行けなくなったと聞いて、親戚のおばちゃんが早速駆けつけた。
目が合うと、泣きながら私に抱きついてきた。
「学校に行けないことって大変なこと」幼い私は、ひしひしと感じた。

「学校へいくことがどれだけ大事かわかったの。でもね、そこは刑務所のようにとても恐い所なの。一生のお願い。学校を休ませて・・・」

お母さんも、おばちゃんも学校に行っている私が好きで、行っていない私は嫌いなの?

学校に行っている私も、学校に行っていない私も、両方ひとりの私なんだよ。
どうして、私を2つに切り裂こうとするの?

学校に行っている私だけが好きだったんだね。
もっともっと小さい頃から「たかちゃんのこと好きだよ」って言ってくれていた。

でもその好きは、そんなにもろいものだったの?

私はもっと強い好き。
何があっても切れない。強い愛がほしいと思った。

私を2つに切り裂く大人たち。
彼らの中では、完全に私という人間は2人いるんだな。

9才の小さな胸は傷だらけになった。ヒリヒリして血が流れている。
小さな体には重過ぎる現実。

冷たい涙の海で溺れかかった。未来は見えなかった。
よく死なないで生きてこれたと思う。
幼くて知恵もなかった私が、どうやって生きていたのか思い出せない。

9歳の私へ。

きっといつかは晴れる日が来るだろうって出口のないトンネルの中でも、イメージした日もあっただろう。小さい体で毎日を精一杯生きていたと思う。君が生きるのを諦めなかったから、今の私がいるんだよ。

生きててくれてどうもありがとう。

|

« 幸せのものさし | トップページ | プロフィール見てください »

コメント

9歳のたかこちゃんへ

生まれてきてくれて、
生きてくれていて、
ありがとう。

投稿: 大川内 麻里 | 2005年12月 1日 (木) 09時23分

なんだか、向日葵のような言葉ですね。
優しい母みたいです。

また、それ以上の事、いえる範囲で、このブログで告白します。

投稿: たかこ | 2005年12月 1日 (木) 15時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 9歳の遺書:

« 幸せのものさし | トップページ | プロフィール見てください »