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2005年12月11日 (日)

ナルシスト

傍から見れば、今まで打ち込んできた記事の多くにマイナスのイメージを持った人もいると思う。
現に心配されてコメントをいただいたり、読んだ知人がメールして来てくれた。何度も何度も読み返しては、励まされたものだった。

しかし、これだけは言いたい。
傍から見れば凄い暗い記事でも、書いてる本人は、それも自分なのだから・・・どこか楽しんで打ち込んでいた日もあるように思う。

ただ、先日みたいに本当に苦しくなってブログで助けを求めたことは、苦しみ以外の何ものでもないが。

なぜこんな事を書いているのかというと、芸術の世界は何でもありだと思う。学校のテストのように答えは一つじゃない。
ブログを開設して、自分を表現している人の数だけ人の生き方がある。表現がある。芸術は答えが一つじゃないから、そこが楽しい。
表現者の数だけ無限。

一般社会ではなく、芸術というものを意識して自分を表現した時、生きる道が見える気がした。
それに気がつく以前は、今以上に悶々と自分の殻に閉じこもっていた。

顧みれば学歴の奴隷だった。それを断念せざるを得なかった挫折感はとてつもなく大きかったものだが。山積みになった教科書、参考書、辞典は霞んでいた。奈落の底に落ちていった。
まあ、ちっぽけな価値観の人間だったということだ。

「うちの子は○○大学に合格して」と自慢げに話している、親を見て、殺意さえ感じた。

まさに、人の不幸は蜜の味。そんな人間になった時期もある。

時には慣れないアルコールを痛飲し、自虐してしまった。
けれども、酔いがまわってくると、いい気持ちになり、自分への慈しみが生まれる。心臓がドキドキし、壁は波うち、意識がもうろうとし、トイレの床に座り込んでしまった。お尻が冷たい、そういえば自分は潔癖症なんだということも思い出すが、立ち上がる事が出来なくなってしまった。

こんな姿もいいと思った。好きだった。
お気に入りの小説の中の登場人物と自分を重ね合わせ、その状況に陶酔しきっていた。恍惚のひととき。

私は昔から人と変わった事をするのに、喜びを感じる人間だから。

その時は苦しく、辛く、人を憎んでも、経験したものがすべて自分の感性を形成していったのだ。
無駄じゃなかったと思う。
ネタになって文章や会話で表現できるのだから。

今年になってコンクールに応募した。どれだけ応募したか数知れない。

結果が出れば嬉しい。よっぽど上にいかないと批評はしてもらえないが。

苦しい日も未来のネタになると思えば生きるのが楽しい。

同じ長さの人生なら、充実して楽しく生きたいものだ。

誰かの言葉を借りるなら、

自分をかっこいい、美しいとも思い、究極のナルシストの域まで行ってみたい。


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コメント

俺は昔から自分を好きになれませんでした。
今でもそうです。
でも最近では、自分で自分を好きになってやらなくてどうするんだ、
と思えるようになりました。
究極のナルシスト、いいですね。俺も目指してみます^^

投稿: クロミン | 2005年12月12日 (月) 20時03分

そうですね。
口にしてみても、実行するのは難しいですね。
周りに流されて、自分自身を無くすのは可哀想。
いつも自分を慈しみたいと思います。

投稿: たかこ | 2005年12月12日 (月) 21時38分

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