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2006年8月31日 (木)

再び

こんばんは。

おかげさまで再びインターネットができるようになりました。
前のパソコンに接続していたADSLがつながりました。これで心配なくブログも
書けるようになります。

薬ですが、言ってくださったように飲んでいます。
常備薬とじんましんの薬を飲み、頓服(2錠)と睡眠薬(2錠)は状態に
合わせて飲みます。

消化液が一気に増えたみたいで(これが正常なんだけど)気持ち悪かった
です。息切れではなく、吐き気で胃の辺りを撫でてました。
薬を飲み始めたら落ち着いてきました。

ブログをやってなかったら自分勝手な行動を続けていたと思います。

ありがとうございました。

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2006年8月29日 (火)

薬を止めています

今日もブログが書けてうれしいです。

先週の金曜日から薬を止めています。6種類の薬は袋に入ったまま。じんましんの薬だけを飲んでいます。 通院し始めたころから考えると信じられないような量になっていてこのまま続けるとヤバイことになる。薬を飲まないとどういう感覚になるのだろう・・・そう思ったのがきっかけです。

一番実感するのは、やはり唾液が増え、変な表現ですが、口から胃まで水分で満たされているということです。いつも渇いていたので、違和感があります。食事をとると胃がチャプチャプいっています。でも、これが普通の体なんでしょうね。子供のころの割と健康なころの私もきっと毎日がこんな体だったのでしょう。

3年ほど前にも薬を一時期やめたことがありました。急に唾液が増えて舌をしょっちゅう動かしていました。慣れるのに3週間・・・いや、もっとかかったと思います。 不思議なことに薬を止めて、息切れがありません。心も体も今のところ落ち着いていて、夜も眠れます。夢の内容をしっかりと覚えています。夢って一晩にこんなに見るものなのだな、5本立てです(笑)。

薬を止めたことだけではなく、たぶん24時間テレビを見ていて、自分の考えに反省し、ブラウン管に映る光景に涙が止まらず、1日で考えがごろっと変わったような魔法にかかった状態がつづいてるのもあるでしょうか。 とにかく不思議な感覚が続いています。 目から入るもの、耳から入るもの、そして自分の体の音が何の隔たりもなく伝わります。痛みにも敏感になりました。一日があっという間に過ぎてきます。 この状態がいつまで続くか分かりませんが、苦しい症状が出るまでは様子を見てみたいと思います。

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2006年8月28日 (月)

インターネット無料体験から・・・

こんばんは。

私は何とかやっていますが、前使っていたパソコン(いつもこのブログを書いていたパソコン)が壊れました。5年半使ったでしょうか。富士通からNECのパソコンになりました。BIGLOBE無料体験から今ブログを書いています。使い慣れないパソコンになって、今後インターネットができるのか?苦戦しております。

しばらくこの無料体験を使って投稿することになるのか、他人のパソコンを借りて投稿するか今後の予定はわかりません。ごめんなさい。

私との連絡方法ですが(苦笑)電話か手紙になります。いつもこのブログに書き込みをして下さる方、私のメアドを知っていると思うので希望されれば連絡先を教えます。でも皆さんのブログには今後ともおじゃまします。

また今後の予定がわかりしだい投稿します(笑)。

根岸のねこさん書き込みありがとうございます。こんな状況になってます・・・。

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2006年8月23日 (水)

久しぶりの投稿

心身ともに弱っています。ブログの更新ができません。

みなさん、お元気で。

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2006年8月14日 (月)

お父さん、お母さんありがとう

昨日は父のお墓参りに行ってきました。

父の実家とお骨を分けて、実家にはお墓があったのですが、うちの分は長野の霧ケ峰高原という所に預けていました。
一昨年ようやくうちのお墓が完成し、父は愛する妻と顔を見ないまま亡くなってしまった娘(私)が住む町に戻ってきたのです。

お墓に水をかけてふき、母と私は手を合わせました。
そして「母娘元気に暮らしております。今後も私たち2人をお守りください」と語りかけました。

私は父がどんな人だったか、話でしか聞いたことがない。私の性格と顔はお父さん似だそうだ。色が白く、物静かな人だったらしい。
生前の父を知っている人の話によると貴公子と呼ばれていたそうだ。
結婚生活は短かったが、母を大事にしてくれた。
死ぬ直前まで、生まれてくる子供の名前をいろいろ考えていた。
母が妊娠9ヶ月のとき、父は急死した。
朝は普通に「行ってきます」と言って出勤した。
帰宅後、具合が悪いと言って、寝室にはいり、しばらくするとゴォーゴォーという大きなイビキが聞こえてきた。母が寝室に行くと、変わり果てた姿に驚いて、救急車を呼んだ。
救急隊員の努力も空しく、父は旅立っていった。

母が悩んでいる時、たまに父が夢の中に現われるそうだ。でも、一言もしゃべらないという。

いつだったか母と二人で「抱かれたい芸能人」というテレビ番組の企画を見ながら、私はこう尋ねた。

「お母さんはあの中で抱かれたい人はいる?」

「坂口憲二かな(笑)。でもね、一番抱かれたいのはやっぱりお父さんだよ」

母のその言葉に胸の奥がツンとした。

結婚生活が長くなると亭主は家の中で邪魔者扱いされるなんていいます。
しかし、母はそんな経験も味あわず、父の素敵な姿だけが記憶に残っているそうです。

お父さん、お母さん、私をこの世に産んでくれてありがとう。


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2006年8月 7日 (月)

塩分のとりすぎには

ここ2日間、高血圧の人のような食事をしています。
先週の月曜日と一昨日、心臓がおどって苦しく、立っていられなくなりました。思考能力がなくなり、ちょっとやばかったです。
2時間ほど横になって落ち着いてきました。
思い当たるのは、両日とも塩分をとりすぎてしまったかなということです。
舌に塩分が残っている感じで、汗もしょっぱい。乾いても肌がベトベトしています。
さっそく調べたところ、塩分をとり過ぎた時はカリウムがいいそうですね。
アボガド、キウイフルーツ、バナナを食べています。あと緑茶がいいそうです。圧倒的にカリウムの含有量が多いのはゴーヤ茶だそうです。
今まではこんなことなかったのに、薬の増量となにか関係あるのでしょうか。

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2006年8月 5日 (土)

少し淋しげな少女

気づかなかったけど、昨日の記事が200回目だったんですね。
記念すべき200回目の記事。そうだと分かっていたら、もっと楽しい内容にすればよかったな(苦笑)。

毎日暑いですね。この部屋の昨日の最高気温は33度でした。
信州の夏は涼しいなんていいますが、観光に訪れた方々はがっかりしているでしょうね。

川の水量は普通に戻り、工事も終わったのか、一休みしているのか分かりませんが、以前と同じような人々の暮らしが戻ってきました。

今回の天災で各地の夏祭りは中止になりました。
しかし、全国的にも有名な諏訪湖花火大会は行うようです。毎年、全国からたくさんの人々が観にやってきます。
私は地元なのに1、2回しか行ったことがありません。今年は行こうかな。
ちょうど大きな被害にあわれた地区は湖岸沿いなので綺麗に見えるでしょう。

真夏に汗だくになって通った病院のある地。他の子は学校に通っているのに、私は精神科に通うために電車に乗った青春そのものが染みこんだ思い出の地。
人は同情するかもしれないけれど、意外と楽しかったですよ。
路地裏散策なんかもして、どこに何があるかだいたい把握しています。
行きの電車に乗れたけど、目的地の上諏訪駅まで無事にたどり着けるか。
電車内でパニックにならないか。病院には着いたけど待合室で自分の順番になるまで待っていられるか。症状が出ませんように・・・。
帰り道パニックになって最悪の場合、駅のトイレの中で一晩すごして明日、始発で家に帰ろう。

他の人が当たり前にやっていることができなかった。でも、そんな不安は諏訪の街を眺めているうち薄くなった。
こんな青春もまたいいじゃないか。他の人が味わえない体験を自分はしているのですもの。
そんなことを心の中で呟き、自分自身を励ましていました。

あの日、諏訪でちょっと淋しげに物思いにふけって歩いている少女を貴方は見かけませんでしたか?

それはもしかすると私だったかもしれません。


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2006年8月 4日 (金)

これって・・・

最近ブログが書けないですね(;^_^
ネタはあるのですが、パソコンの調子が悪く苦労しております。

私はいま原稿を書くために構想を練っています。いままでに下書きしたものは
ノート6冊分くらいありますし、ひらめいたらメモる習慣があります。
新聞紙の端の白い部分やチラシの裏、レシートの裏などにも書いたりしています。

あと今生きていて1分前の出来事はすでに過去のものとなってしまいます。
嫌な事だったら、すぐに忘れて気持ちを切り替えて、過去を背負わず前向きに行こう!という人がいますが、自分の場合そうはいかないんですよね。
過去と向き合わなきゃいけないのです。

過去のことを思い出してる中にある出来事が浮かびました。
ひとつは保育園での出来事。クラスメートの女の子に下腹部(大切な部分)をさわってほしいと強要をされたのです。
場所は教室内でほかの園児、先生は気づいてなかったと思います。
プールが終わったあとだったのか忘れましたが、2人とも下半身素っ裸で相手の女の子が「私のこの部分を触って欲しい」というのです。
さわると今度は「指を○にいれて、奥をさわって」とさらに要求してきます。
そして私も相手の女の子に同じように触られました。

もうひとつは小3のとき。これもクラスメートの女の子で友達でした。
授業の始まる前にその子にトイレに入るよう命じられ、入るとその子も入ってきて鍵を閉められました。
「いったいこれはどういうことなんだろう・・・」
幼かった私は何がなんだがわからなくなりました。
トイレという密室の中でその子は胸をさわってほしいというのです。
多分私は嫌がったと思います。立ちすくむ私にその子は「こうやって」と私の○を揉んできます。仲のよい友達です。私は言われるがままにその子の部分を触れました。するとあえぎ声をあげるのです。
お互いジャージを着た上からですが、その子は次々に要求してきて、私はすごく嫌でたまりませんでした。10分~20分くらいでしょうか。
トイレにこもり続け、同じような事が繰り返されました。
こんなことが2回あったでしょうか。

これは2つとも両親が夜しているところを目撃して、2人の女の子は私に同じような事をしてほしいとせがんできたのでしょう・・・。

子供だった私はすごくその時間が嫌でたまらなかったけど、学校を休むほどではありませんでした。むしろ、その後の集団による嫌がらせに比べれば「蚊に刺されたようなもの」です。

15、6のとき、お腹のレントゲン(?)を撮るというとき、男のレントゲン技師(?)に下腹部の上に手を置かれたんですよね・・・。

このいずれももう時効でしょうか。

私がなぜ小3の終わりから学校を休みがちになったか?その理由を探っているうちに上の出来事が頭に浮かびました。
ちなみに小3のときの子は今でもたまにメールをしています・・・。

これも無意識のうちに心の傷となってたのかなあ。それは小3のときの自分に聞いてみないと分からない・・・。


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