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2007年8月30日 (木)

祈り

機会があったらYou Tubeで「大日本人・・・祈り 」で検索して、小林建樹の「祈り」という曲を聴いてみてください。

http://www.universal-music.co.jp/tateki/ktcr1669.html

↑でも聴けるらしい・・・。

いま自分の心にもっとも響く曲です。

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2007年8月27日 (月)

夜寝てる時、頬に止まった蚊を捕ることに成功しました。

蚊の音に目が覚めた私は、耳を澄ましていると、自分の顔に近づいてきて、頬にくすぐったさを感じました。

そこへ平手をパンッ。

捕れたことにホッとし、また眠りにつきました。

目覚めると手のひらに蚊の体液と血液が筋になっていて、その先にはぺしゃんこになった死骸が。

鏡を見ると、頬から顎にかけて同じような筋がありました。

眠剤飲んでたのに、よく捕れたな。半分寝ていたのに。

自分の反射神経は、まだまだ大丈夫だと安心しました。

夜寝ようとしていて、蚊の音が耳元ですると、気になって眠れませんよね。

電気をつけて、蚊の移動するコースを確認し、その辺に虫除けスプレーを撒きます。

そして、机やタンスの後ろとか、陰になっている部分には、殺虫剤を噴射します。

結果、蚊は移動コース付近にやってくるので、それを両手でパンッと捕ります。

一度、それを試していて母に

「なに、こんな時間に盆踊りをしているの?」と言われ

「いや、盆踊りじゃなくて、蚊を捕っているの」ってことがありました。

蚊にお悩みの方はぜひお試しください。

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2007年8月24日 (金)

本調子

母はすっかり元気になりました。

5月に高血圧と腰痛で入院していましたが、おかげさまで、本調子に戻ってきました。

たまに波乗りに通っています。
波乗りってサーフィンじゃないよ。
クリニックのね。

ちょっと動きすぎると

「なんか背中のあたりがモヤモヤする」と言い出し

私が「モヤモヤってどんな感じ?もっと違う表現方法あるでしょう」

って笑います。

母と私の会話は漫才です。

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2007年8月20日 (月)

宝物

このブログ、昨日は前回の記事に書いた人物も読んでくださいました。
メールでこのブログの存在をお知らせしたんです。
「がんばってますね」って言ってくれました♡

さて、誰でしょう。
わかる人はわかりますよね。
誰からみても素晴らしい人ですよね。

ブログを始めて今月の25日で2年。
この間、私の人生は劇的に変わってゆきました。
昨日の24時間テレビじゃないけれど・・・。

人との出会いが、私を人間らしい私へ恢復させてくれます。

このブログで出会えた皆さんは宝物です。

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2007年8月16日 (木)

男性像

午前中に、25年前に亡くなった父のお墓参りに母と二人で行ってきました。

「どうか私たち二人をお守りくださいね」と手を合わせてきました。

手を合わせて、深く頭を下げ、お墓に目を移した時、自然と「千の風になって」の曲が、頭の中で流れました。

男手がなく育ってきたので、25ともなると、支えになるような男性が現れるといいねって、多くの人から言われます。
死ぬ順番から言うと、母が先で、自分が後なわけだから、そういったいい人を作っておきたいと思います。

「男は顔じゃない、多少ブサイクでも、仕事ができ、おまえを守ってくれるような人がいい」

「色男金と力は無かりけりといってな・・・」

と母の経験を話してくれます。

昔は、男性を目の前にすると、あがってしまっていた私ですが、ここ数年は、一転し、男性の友人、知人を多く持てるようになりました。

タイプは・・・。

好きになった人がタイプです。

母からは、「おまえは、椎名桔平が好きだと思ったら、ふかわりょうを好きになったりして、よく分からない女だね」って言われます。

確かに、筋肉隆々の男が好きでいても、実際、好きになったのは、細身で喜怒哀楽の怒が抜けたような、ニヤニヤした男に告白していたりします。
今年の5月がそうでした。

自分でも自分の好きなタイプの基準がわからなくなることがあります。

しかし、思春期ごろから、こういう人がいいなっていう、一定の憧れの男性像があります。

一見すると、地上げ屋、集金屋か(笑)、といわれような容姿であり、その人が街中を歩くと、さーっと人が引き、道ができるが、実は人情ものに弱い、自分の女を大切にするような男。

俺についてこいっ!

お前の人生、俺がみんな背負っちゃるわっ!

といってくれ、何か悪戯をされたら、「俺の女によくも手を出したな」と肉弾戦にもちこんでも、勝利し、私をお姫様抱っこして、守ってくれるような人。

中学の頃、勉強ができる子とは対極に位置する、ケンカに強く、不良っぽい子がモテてていることがありました。

実際に交友関係として、そういった男性に出会え、自分の精神状態を支えてくれていた男性がいます。

それは、書くことで自分を表現し、それで出会えた人のひとりです。

その人は、23年前に、プロという厳しい世界に入りました。
スターと呼ばれている人が、テレビで見ていた人が、自分のメアド帳に入っているのは不思議な感覚でした。

自分を心から心配してくれ、離れていてもメールで精一杯はげましてくれ、舞台に招待してくれたこともありました。

まさに「心優しき力持ち」と呼ぶのが相応しい方です。

かつて格闘技のチャンピオンベルトを持っていた男から、私はこう言われました。

「貴女は、俺なんかより、はるかに強くたくましい心を持ってますよ」

どういう意味なんだろう。

2回も言われました。

それに恥じない生き方をしなければなりませんね。

昨年から今年にかけて、もっとも多くメールの交換をした男性です。

お兄さん的存在で、夕食のメニューに迷った時、「こんなのおいしそうじゃない」と、メニューを詳しく書いて教えてくれました。

豪雨災害があったとき、おうちは大丈夫ですかと心配もしてくれました。

今年3月に廃人になりたくて、薬を多く含んだ後、彼の優しい言葉を求めてメールをしました。

深夜の2時でした。

20分後、返事がすぐ来て

「いま、大阪から東京に戻る車の中です。

そんなメールなんか淋しいなあ。

明日の朝、ちゃんと貴女が目覚めてくれますように。

また、楽しい話し聞かせてください」

とあり、私は正気を戻しました。

友情と愛情のあいだの関係です。

命の恩人です。

彼には家庭があります。
リングのうえでは、強そうでも、奥さんの前では、そうでもないようです(苦笑)。

私は男性を狂うほど好きになって、相手が既婚者だったら、奥さんにすぐ目が行き、感情が行き過ぎると、嫉妬心が芽生えます。

しかし、彼に対してはそんな感情は一切ありません。

奥さんと子供がいることが彼の支えとなり、いい仕事をしてくれるならそれでいい。
いつも彼の幸せを願っています。

自分の右側に、そんな男を連れて歩いてみたい。

そうなったら、自分は病気なんぞ忘れて、一家の大蔵省となり、腕をふるっておいしい料理を作り、玄関の前で正座をし、手をそろえ、「お帰りなさいませ」と床に額をつけ出迎える。

私のそんな態度に甘え、浮気なんぞしたら、許さん!が。

夢と恋も大切にしてゆきたい今日この頃です。

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2007年8月12日 (日)

現実を受け入れます

昨日行われた甲子園の試合、愛工大名電対創価ご覧になりましたか。

愛工大名電の柴田章吾投手はベーチェット病という難病を患いながら、甲子園の出場を果たしました。

発症したのは中学三年のときで、自分の身体をのろい、死の恐怖を味わったそうです。

それでも、好きな野球をあきらめることなく、彼は強い志で練習を続けてゆきました。

野球の強い名門校10校以上から入学の誘いがありましたが、病名を聞くと次々と彼のもとから離れていきました。

そのなかでも愛工大名電の監督は、彼の病気を理解し、彼の甲子園出場という夢を受けいれます。

入部しても、他の部員とは別メニューで、汗を流しながら練習する部員を横目に玉拾いをしていました。
食事制限もあり、肉類は食べられないので、監督の奥さんが作る卵料理を食べていたそうです。

そして、昨日夢の甲子園での初試合。
実況のアナウンサーが彼の病気を告げたとき、私は目頭があつくなり、瞬きするのを忘れ、彼の投球に見入っていました。

試合は負けてしまいました。

試合後、彼の背景をもっと知りたくなって私はネットで「柴田章吾」のキーワードで検索しました。

たどり着いた関連記事を読むたび、涙が止まらず、18歳の青年が「甲子園のマウンドに立つことで全国でこの病気に苦しんでいる人を勇気付けたい」といった自分の使命に、命の重みに私は勇気をもらいました。

あなたの汗は他の誰よりも美しかった。

彼と私を並べるのは、おこがましく、失礼ですが、私は障害を持っていてもここまでできるんだ!っていう思いが伝わるのであれば、この現実を受け入れます。

苦しむ人々の代弁者となれるなら、魂をかけて、それを選びます。

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2007年8月10日 (金)

おねだり

午前10時、障害者支援センターに行ってまいりました。

真剣な内容なんだけど、みなさんの対応が素晴らしくて、担当の方とも楽しく話を進めることができました。

申請して通れば、手当てが受けられることになります。通りますように。
いろいろ手続きが必要なので、次回、病院へ行ったときに医者にまず話すことから始めたいと思います。

当時、編集長に出会ったのはちょうど2年前。

いまは、おこがましいですが同志のような存在。

しか~し、お互いをメールで支えあう仲でも、生涯を約束した仲でも、実物(原稿)に丸をもらわないと世に出れないのです。

賞金4ケタ出せるなら私をつかってください。
会社を立ち上げて第一弾の本が一ヶ月で10万部。
発売日の一ヶ月前に出すって教えてくださいましたね。
さすが私が目をつけた編集者さんだけある。
プロデュースしてちょうだい、社長さん。

イジメ、不登校ネタから場合によっちゃあ下ネタまで取り組みますよ。
俳句、短歌、コピーライターも、なんだってやりますよ。

って来る時が来ないとダメか。

お昼に心の病を抱えている人たちがやっているレストランでピザを食べた。
帰り際、私の体調を気にかけてくださってうれしかったよ。

外はうだるような暑さ。

照らされたショルダーバッグのなかの口紅が溶けて、液体になってないだろうな。
家について冷凍庫に入れて、即効かためたよ。

今日つくづく思ったね。

人生は解釈の広さだ!
ケセラセラだよ、おにいさん。

秋の虫の鳴き声と隣の中学生の息子がおならをひったようなトランペットの練習音を聞きながら、ブログを書いてます。やっとまともになったと思ったらラッパのマークの正露丸を吹きたかったのかい!

夕涼み、「どうしたんだい、お姉さん?浮かない顔して。もしかして生理前かね?」
と言いたげに白い足でのそりのそりと近づいてくる気の利いた猫が現れてくれんかのう。
マッサージしてあげるから、私の話しを聞いておくんなまし。

P.S Mさん、田口ランディのソウルズやっと手に入りましたよ。
いまの調子から何日かかるかわからないけど読みますからね。

e-wwillさんの紹介してくださった古内東子さんの曲も必ず聴きますからね。
もうしばらくお待ちを。

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2007年8月 9日 (木)

私の魂、読んで下さい

17歳から~25歳の現在まで、精神科に通院し、服薬と沈澱ときどき晴れの日々を送っています。

24歳はほとんど寝たきりの日々を送りました。

やせ細り、黒目に動きがなく、口も動かず、嬉しい、楽しい、痛い、寒い、暑いと感じるのが鈍くなっていて、感じても動作、表情、言葉にでません。

薬の副作用で口が渇き、水分を大量に取り、あばら骨が浮き出てるのに、下っ腹がでている体型になっていました。
肌が青白く、薄い肌のうえに青い血管が透けています。

気温30度を越す、今日も汗が一滴もでません。

薬を合計13~15錠ほど飲んでいます。

私のプロフィールをご覧ください。

私の生まれる一ヶ月前に父が他界した時点から、よく言えば人の希望となりうる人生、悪く言えば異端児扱いされることが宿命付けられていたのです。

プロフィールに赤裸々に公表している、子供時代の不登校、いじめ体験、引きこもり体験、ほか体罰、同性による性的いたずら体験、そして現在につながる病は、一見すると悲劇のようですが、これら一つひとつが履歴書には書けませんが、人生において資格試験を取得したほどの意味合いのもつものだと思っております。

つい2年ほど前までは、親戚にも友達にも、私は沈黙を守り、生活ぶりが見えない日々を送っていました。
いまも病気の詳しい内容は親戚に隠しています。

母は私の声に耳を傾けつつありますが、理解してくれるようになったのは最近かもしれません。
母も親戚も昔気質でそれぞれの出来事が起こったとき、毎回毎回対立しました。
小5まで、口論だけでは治まらず、物を投げあったり、ビンタ、蹴り合いになったこともありました。

ある日、私を叩いた数日後くらいに、母は腰痛になりました。

それで「たかこを叩いちゃったから、罰が出たんだろうね。ごめんね。これからは、手を出すことは止めるね」

と誓ってから、お互い手を出すことがなくなりました。

2人しかいない家族なので、お互いを思いやり二人三脚で生きるようになったのです。

私はこれらの経験を生かし、本にして、世の中の人々に少しでもお役に立ち、勇気と希望を与えられないかと編集者と関係を持つようになりました。

しかし、病状の関係で”書くことはできても、読みとることができない”ときがあります。
書く上での参考にしようと本を開いても、一行と内容が頭に入らないのです。

だから、黙読は苦労するから、本の文章を声を出して読み上げて、それをテープに録音して聞いて本の内容を理解するようにしています。
重いときは、大きい音をかけていても、全く頭に入らないこともあります。

こんなふうなので、原稿を書く約束をしても、なかなか出来上がりません。
このブログ、心のシグナルを加筆修正をして本にならないものかとも考えております。

田舎に住んでいるので、現実、書いて仕事になるようなものが身近にありません。

過去のことを思い起こし、構想を練っている途中に治りかけた心の傷口を開き流血し、薬を過剰摂取、ジントニックと一緒に薬を飲んだこともあります。

顔から血の気が引くのがわかり、窒息感から倒れたこともあります。

このブログを長く読んでいる方なら知っていると思います。

過去に数日で仕上げたエッセイが某文学賞の1次審査に通過したことを皮切りに、自分の文章を世に出すようになりました。

編集者と出会えたのもその甲斐あってのことです。

手紙やメールを書くことで、同調していただけた方と交友が持てるようになり、このブログを始めたことで、たくさんの出会いがありました。

昨年の暮れに全国紙に不登校・イジメ克服体験が載りました。

今年に入ってからは俳句や短歌をつくるようになり。NHKラジオで短歌が採用され、プロの歌人に選んでいただけたり、お~いお茶の俳句大賞に入選しました。

こんな私に、短い文章を書くことで、収入源がないか探しています。

それか、障害者年金をもらうことで生活していくか、いま、その選択に立たされています。

明日、障害者支援センターに相談しに行きます。

その行方は、自分の判断でこのブログに書くかもしれないし、書かないかもしれません。

ご了承ください。

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2007年8月 7日 (火)

こんな午後

いま病院の帰り。

血圧、病院でも測ってもらった。76だった。

昼食に焼肉と冷麺を食べた。あれの前だから栄養をつけておかないと。

25の夏。

おばさんになったら、できないだろうから、露出の多い服を着ている。
トップスは胸の付け根から胸の谷間の部分までレースがついている。
男性の視線が自然とそこにいく。
谷間といっても、シュークリームのようなもん。

羽織りものの袖に焼肉のたれが付いてしまった。

焼き肉臭を連れて、スーパーへ。さらに肉を買う。

塩分を摂ってしまったので、ハーブティーを多量に飲んでいる。

25歳、女、病気持ち(やや回復)、家事得意、文章少々、見た目想像にお任せ、こんな午後。

いかがです。

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2007年8月 4日 (土)

擬態語・血圧

暑い日が続いてますね。お元気ですか。

正式名は何というか分かりませんが、うちではハサミムシと呼んでいる黒くて細長く3センチくらいでお尻の部分にハサミを持っている虫が夜、廊下に現われます。

これが、もし寝室に入ってきて、寝ている時に襲われたら大変です。

お尻を刺激して、物を挟む威力は凄く、ようじの先を挟ませて持ち、手を激しく振っても、離れません。その際、苦いような鼻を刺す臭いを出します。

殺虫剤で殺しますが、死んでゆくまでの苦しみようが、ユーモラス。

「おおっ、何か、かかったぞ。感じてきた、感じてきた。うっ苦しい」

人間でいう腰の部分(真ん中へん)を中心にくねり、くねり。

身体をのけぞって、のけぞって、イナバウワ~。

そのうち、頭とお尻をごっつんこ。

動物の行動を人間が言葉で表現すると面白いですね。

先月、雨上がりの庭にでっかいカタツムリがいて、殻をつかんで、家の中に入れました。

たまたま母が演歌を聴いていました。

演歌のリズムに合わせて、カタツムリの目玉を出したかと思えば、途中で引っこめたり、身体の部分をヌーッ、ヌーッと微妙に伸び縮みしている動きを見ているうちに可笑しくなったことがあったっけ。

その後、カタツムリは外に逃がしました。

よく、テレビの犬猫の行動や表情に人間が勝手に噴き出しの中に言葉を入れてますよね。

犬猫本人は、わしらの行動をもてあそんで、何をしとるだあ、と思ってるかもしれませんね。

ここからは、今日の出来事(笑)。

最初、図書館に行き、3つのスーパーで食料品を買い、ドラッグストアで血圧計を買いました。

野菜はこのお店。

魚や肉はこのお店。

アイスクリームはこのお店。

というふうに余裕があるときは、別々のお店によります。気分転換にもなります。

母が高血圧で入院して、家に帰ってきてから、血圧の記録をつけなくちゃいけなかったのですが、今日ようやく買いました。

測ったところ、

最高血圧142 最低血圧74
(入院中の高い時で230あったらしい)。

最高血圧82 最低血圧49

だったぞい。

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