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2007年9月27日 (木)

ここはどこ?

私と母と私の友人で諏訪へ食事に行ってきました。

最初に行った店が駐車場が狭く、前もって店の情報を調べておかなくてはと反省。

湖岸通りのHOLS初島で食べなおしました。

カツ丼を食べた後だったので、サラダ、ドリンク、ケーキを注文。変な組み合わせでしたね。
それにしても窓際から諏訪湖を眺めながらの食事は気持ちいいな。
家で同じものを食べてもそれほどおいしく感じられないけど。

諏訪の街中は、以前通院していたこともあって詳しいのですが、車で行くと一方通行が多い。飲食店を見つけにくい。

連れがいる場合はHOLS初島が無難ですね。

湖岸をジョキングする人、小さい子の手を引いた親子連れ、犬の散歩をする人に続いて・・・。
なんと羊が2匹とぼとぼ歩いてゆくではありませんか。

その先頭に上半身裸で頭に白い布を巻いたおじいさんが一輪車を押していて、その後を羊が続いてます。

窓のその風景だけ切り取れば、ここはどこの国だ?
諏訪湖がガンジス川に見えましたよ。
こんな街中にいるなんて。どうやってここまで来たんですか?おじいさん。

世の中には人と変わったことをするのが好きな人がいて、そんな自分に惚れ込んで、これを自分ひとりだけで楽しむのが惜しくなって、露出します。

その異様さに人々は視線を向け、本人は快感を味わいます。

おじいさんの様子に、私はそんな深読みをし、車に羊を乗せてわざわざ街中までやってきて、見せびらかしてるのかなあと思いました。

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2007年9月24日 (月)

西尾アナ

長野放送の新人アナウンサー西尾佳さん素敵です。

外見が上品で、22歳とは思えないほど落ち着いています。

いま一番好きなアナウンサーです。

毎週土曜日の6時からやっている「土曜はこれダネッ!」という番組に出ています。

北海道出身で長野に住み始めてまだ数ヶ月だと思いますが、今後彼の感性で県内の様子をどうリポートしてくれるか楽しみです。

ローカルネタですみません。

長野放送のHPのトップぺージのアナウンサーをクリックすると西尾アナウンサーのプロフィールが載っています。

http://www.nbs-tv.co.jp/

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2007年9月21日 (金)

目を光らせています

夜道で気をつけなくてはいけないのは、蛇に暴走族にスリ。

あと先週からもうひとつ増えました。

女装をした変質者です。

その出没場所をよく知っています。

県警が犯人の特徴をある女性芸能人の実名を出しメール配信してしまったことで全国的に話題になってしまいました。

被害にあった女の子が話した男の特徴をそのまま書いてしまったということでした。

女性芸能人はテレビで「犯人逮捕に結びつけばいいですから、気にしていません」と語っていました。さすが寛大な方ですね。

これだけ騒いでいると逆にどんな人なのか見たくなってしまう。

私の学生時代、誘拐未遂があったり、不審者がでて、先生から「出くわしたら、大声を上げて近くの民家やお店に助けを求めるように」言われた。

黒色短髪、身長165センチくらい、女装している人・・・。

外出すると、そんな男性がいないか、つい探していたりして(笑)。

自分は“ちょっとした技”を持っているので、手柄になればいいけど。

なんて、冗談です(笑)。

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2007年9月20日 (木)

秋に潰されないように

今年の9月が暑いのは淋しい思いをさせないため?

太陽よ

どんどん流した涙を蒸発させてくれ

わたしが可哀想だと思うなら

心いっぱいに光だけを与えてくれ

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2007年9月19日 (水)

誰も触れない糸

明るい表情の裏にある孤独

わたしなりに察しています

大したものを贈ることはできないけれど

「いつもあなたの味方でいます」

この気持ちを手の平に握って電車に乗り込みます

あなたは瞳でものを語る人

寡黙さに歯がゆさ感じるけど

言葉がつまったり

返事が短いのは

私への愛の重さだって受け取っちゃっていいのかな

KissもHugもない関係

人は愛と呼ぶかはわからないけど

二人にとっては確実なもの

誰も触ることができない

あなたとわたしをつなぐ糸

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2007年9月15日 (土)

ドカンッ

母が車を運転して、うちへ帰る途中、自動車販売店の駐車場から、発進してきた車に衝突されました。

運転手側のドアがかなりへこんでいます。

母も相手もケガはありませんでした。

かなりのスピードで来て、ドカンッという音がしたそうです。

相手の前方不注意により、起きたことなので、車の修理代は相手持ちです。

たまたま相手が自動車販売店の親戚だったそうです。

そこの店にうちの車は修理してもらいます。

母が10年乗っている車です。いっそ中古車を購入しようかとも話しています。

ドアの開け閉めはできますが、昼間は目立ってしまいます。

母が入院していた時のように、徒歩での毎日の買い物が習慣になりそうです。

午後は母も落ち着いて、障子の張替えを一緒にやりました。

30年近く無事故無違反の母です。

自分が注意しているつもりでも、予測もしない事故に巻き込まれることがあります。

大事にいたらず良かったですが、運転をされる方は、気をつけてください。

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2007年9月13日 (木)

小さいけれど大きな命

本を読み上げたのをテープに重ね録りしようとしました。
何のテープだっただろうと、再生してみたら、12歳の私の声とジュウシマツの鳴き声が録音されてありました。

「今日は94年の7月28日です。ジュウシマツの鳴き声を録音します」

今とは違い(苦笑)誰かに媚びるような女の子らしい声でした。

その後に

「ピピピピピピピピチッ
ピピピピピピピピチッ
ピピピピピピピピチッ」

ジュウシマツ独特の鳴き声が入ってました。

ジュウシマツは白と茶色の小鳥。小鳥の中でも、さらに小粒な鳥。

地味な容姿とは似つかわしくなく、とても情熱的に長く鳴きます。

いったいどんな気持ちを表しているのでしょう。

つがいで飼っていました。

私は、学校で嫌なことがあっても、2羽の顔を見ると心が安らぎました。

決して私の手の上に載るような性格の鳥ではなかったけど、大切な存在でした。

冬は寒いだろうと思って、かごの半分に毛布をかけてやりました。

暗くなった巣の中ですやすや眠ってました。

きっと明日も今日と同じように元気な姿を見せてくれるだろう。
私は何も考えず、眠りにつきました。

翌朝「ジュウシマツが死んでいる」

母の大声で目が覚めました。

それは、まさに阪神淡路大震災の朝でした。

おそるおそる行ってみると餌場の近くで、オスが下に、メスはオスの腹に顔を横にして、重なるように死んでいました。

もっと可愛がってやれば良かったな。

悲しみを通り越して涙も出ませんでした。

即日、庭の土を掘り、2羽を埋めました。

盛り上がった土の上に「ジュウシマツの墓 95.1.17」と石にマジックで書き、載せ、
まわりにロウソクの代わりにアメの棒を立てました。

これを思い出したとき、私の声とジュウシマツの鳴き声が入ったテープに重ね録りすることは、できなくなりました。

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2007年9月10日 (月)

心が屈折していたのは...

子供の頃の私は

自分は嫌われている

自分の周りはみんな敵なんだ

そんな強迫観念が心を覆いつくしていた

笑うことがなくなり

口数も減り

人を睨むように見ていた

表情筋がピクリとも動かなかった

周りはそんな私に

声をかけてよいものか迷っていたといいます

周りは悪い人ばかり

怖い人ばかり

自分だけがどうしてこんな目に遭わなきゃいけないのか

結果的に自分で自分の生きる範囲を狭めてしまっていたのです

本当は自分のことを心から心配してくれる人もいた

愛してくれている人もいた

大人になったいま気づきました

周りの人の心が屈折していたんじゃなかった

私の心が屈折していたのです

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2007年9月 9日 (日)

母の笑い声

母に誘われて「浅草21世紀」お笑いステージを観にいってきました。

パンフレットに「平成16年度文化庁芸術祭大賞受賞」とあったので、面白いのはお墨付きだろうなと思いました。

第1部は、お笑いバラエティーで、コントやマジックショー。

第2部は、爆笑軽演劇でした。

渥美清さんや萩本欽一さんは知っていますが、浅草のお笑いの歴史を知らない私でも、とても楽しめました。

母とふたり隣同士で笑っていました。

退院してから、優しくなり、親子関係がよくなった。

母の笑い声は特徴的です。

腹の中にボールでも入っているかのように、弾んだ声で、甲高く笑います。

毎日の何気ない会話が、すべて思い出となっていく。

死ぬのは母が先で、私が後で・・・。

また、結婚する相手の条件がつきました。声を出して笑う男性です。

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2007年9月 5日 (水)

陽だまりのような

いま病院から帰ってきたところです。

暑いのがようやく落ち着いて涼しくなったかと思ったら、また暑い日が続いています。

台風も近づいているみたいですね。

体調など壊していませんか。寒暖の差がありますから気をつけてくださいね。

私は家の中を移動するにも、いつもノートと鉛筆を持ち歩いていて、頭に浮かんだことは書き留める習慣があります。

以前だったら、学校の嫌な出来事しか思い浮かばなかった私ですが、最近になっての変化は
「いやそうでもなかったな」
いい出来事もあったじゃないかってことです。

ノートにも、いい出来事を思わせる文面が増えてきました。

学校に行かなかったらできなかった友達、先生、楽しい思い出たち。

学校に行けなくなってしまったことで、かえって生まれた、人からの優しさ、気づかい、温もり。

それらが、陽だまりのようなあたたかさを持って顔を出してきます。

久しぶりに登校してきた私の姿を見つけて、教室の窓から友達が集まって手を振ってくれたこと。

生徒玄関まで出迎えてくれた友達。

授業中、緊張でコチコチだった私をリラックスさせてくれた友達。

給食中にもかかわらず、下ネタの話に乗ってくれた男の子。

ちっとも登校しないので、家の玄関まで毎朝迎えに来てくれた先生。

放課後、授業を終えた先生が私の家まで勉強を教えに来てくれたこと。

小学校卒業間近、私の好きな男性の先生が特別にラヴレターを書いてくださったこと。

近所に男の子が多かったために、クラスの中の女子のなかでも一番いいシュート、バッティングができたこと。

ほとんど授業に出ていないにもかかわらず、たまたまいい点数が取れたこと。

緊張から給食も喉に通らず、食べるのに苦戦していた私の牛乳を飲んでくれた子。

美術室の片隅に私専用の机を用意してくださった美術の先生。

教室に行きにくい時は、生物室に来いといってくれた高校の担任。

校門まで歩いていったにもかかわらず、あっと一歩が踏み出せず、引き戻して、気がついたら山道を歩いてたことを心配して、保健室登校を許してくださったこと。

卒業してもいまだに年賀状をくださる先生、友達・・・。

いま、これらを列挙していて、涙が出てきました。

いい出来事だってたくさんありました。

過去をふり返るとき、明るい光もみえてきました。

私を助けてくださった皆さん、どうもありがとう。

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2007年9月 1日 (土)

かわりもの?

今週、11年前の日記が出てきた。

96年元旦の筆跡が目にとまる。

一人で留守番をし、イラン映画を観ながら、しゃぶしゃぶを食べるとある。
当時の年齢13歳。

タレはごまだれ、主人公の男の子を見て、感情移入をし、箸がとまった。

変わった正月だったので、すぐ思い出した。

その頃から、人と変わったことをすることに密かな楽しみを覚えていたんだなと思う。
一人での過ごし方も工夫をすれば、ちっとも淋しくない。

タウンページを読書がわりにし、社会見学をした気分になった。

母の寝室に侵入し、性描写のある小説を読んだ。

マカロニに絵の具を塗って、乾いたら、その上に透明のマニキュアを塗って光沢を出し、ブローチを作った。

家の中の身近にあるものが、楽しい教材へと化けた。

いまも、一人の時間を工夫することで、楽しく過ごしているが、当時のほうが好奇心に満ちていた。

人脈が増えた分、ひとりになると誰かと長電話。You Tubeを見たりしている。

最近の一人だからこそ、楽しめたのは、一人試飲会。

ビールと発泡酒を3種類並べて、味比べ。

ギネスビールよりもマグナムドライが好きなのは、経済的。

夜眠くなるまで、真っ暗に電気を消して、男友達から借りた男性用ビデオを観たり・・・。

きっと、客観的に見たら、自分から引いていくかもしれない(笑)。

あと、気分転換として、うちには4種類のシャンプーとリンスがある。

いろんな香りがして楽しい。その日の気分によって使い分ける。
(これは、まともだな)。

これからも一人の時間を楽しみたいと思います。

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