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2007年9月10日 (月)

心が屈折していたのは...

子供の頃の私は

自分は嫌われている

自分の周りはみんな敵なんだ

そんな強迫観念が心を覆いつくしていた

笑うことがなくなり

口数も減り

人を睨むように見ていた

表情筋がピクリとも動かなかった

周りはそんな私に

声をかけてよいものか迷っていたといいます

周りは悪い人ばかり

怖い人ばかり

自分だけがどうしてこんな目に遭わなきゃいけないのか

結果的に自分で自分の生きる範囲を狭めてしまっていたのです

本当は自分のことを心から心配してくれる人もいた

愛してくれている人もいた

大人になったいま気づきました

周りの人の心が屈折していたんじゃなかった

私の心が屈折していたのです

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コメント

屈折した心ですか。
私にもあります。
私は『障害』を持っていながらずっと地域の学校の普通学級という所へ通っていたので、回りはみんな障害のない子ばかり・・・
仲良くされればされるほど、自分は障害者にも健常者にもなれない気がして疲れました。
でも、その『疲れ』も最近気付いたモノ。
必死で生きてる者ほど立ち止まらないと見えないもの、たくさんありますね。
毎日車を運転して時速60kmの世界にいれば、そりゃそうか、とも思うのですが・・・

投稿: sanchan | 2007年9月11日 (火) 17時06分

コメントありがとうございます。

今回のブログを書けたのは、過去を振り返るのに、少しゆとりがでてきたからかなあと思います。
おっしゃるように立ち止まって見えてきたものです。
以前だったら、学校での暗い出来事しか浮かばず、それが学生時代の全てだと思ってました。

私は、中学3年の時、情緒障害児学級に通ってました。
知的・身体障害学級の生徒とも交流していましたが、障害とはその人の個性だと当時とらえていました。毎日まいにち一緒にいるのでそれが当たり前だと思ってました。

よくよく考えて、ああ障害があったのかと気付くくらいで、みんな私ができないこと(絵がうまい、スポーツ万能、計算が早いなど)ができていたので羨ましかったですね。

貴重な体験でしたね。

投稿: たかこ | 2007年9月12日 (水) 14時03分

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