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2007年11月29日 (木)

編集者のみなさま・・・

いま通ってる医院に診断書を取りに行った。

現在の診断名は、精神障害者年金受給対象になる病気だから申請に通るだろう。きっと大丈夫・・・。
通ってもらわなきゃ困る。
あとは自分で書く書類もあるので、提出するのは12月の上旬になりそう。

その後、このブログによく書き込みをしてくださるピアカウンセラーのいる支援センターへ。
突然行ったのでおられなく、来月中旬あたりにお会いできるよう予約をしてきた。
いろんな話しをしましょう。楽しみにしています!

本屋により、いろいろ物色した。芸人は劇団ひとりや千原ジュニア。作家は町田康、伊坂幸太郎、穂高明。

最後に手にしたのは田村裕著「ホームレス中学生」。

タレント本を定価で買うのは竹原慎二の「竹原スタイル」以来か。

ふだんお金には困らない華やかな生活を送っている芸能人の本を買う気になれない。
金持ちに印税が入ると思うとなんか嫌。

だが、麒麟田村の苦労話はテレビで何回か見て、感動したので、買ってあげたいと思っていた。
『幸せのハードルが下がるのはいいことだ』は名言だ。

買おうと本を手にとったとき、近くにいた男性が私の顔を見てニヤニヤしていた。

表紙カバーをとると、例の遊具の上に立つ、田村の写真。

そして、それぞれの章のタイトルが笑える。

熟読しようと思う。

140万部突破!ホームレスから億万長者へ。
田村、生きてて本当に良かったね(涙)。
この勢いでもっともっと売れますように。
これでM-1優勝したらすごいよね。

田村には適わないですが、過去にこのブログで自分のすべらない話を書きました。

バックナンバーで、2007年4月8日(日)たかこのすべらない話?
読んでみてください。

右側のカテゴリーの「心と体」をクリックして、2007年4月8日の記事を見つけて読むこともできます。

女の子が書くのは、かなり勇気がいることですよ。

それで興味を持った方は、プロフィールや2年分の記事も読んでくださいね。

いつか、田村とか、五体不満足の乙武さんまでとはいかなくても、そんな自伝が書けたらいいですね。

私に興味を持った編集者のみなさま、よろしくお願いします。(ちょっと本気です)。

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2007年11月28日 (水)

プレゼント

今回の申請の件は、少しずつ、周りの人たちに報告しています。

今日は遠くに住む友人から手紙とともに素敵な黒い服が届きました。

服は芸能人がプロデュースしたブランド物。限定品。

欲しかったが、私には手が出なかった代物だ。

着るのはもったいないので、部屋に飾ろうと思う。

手紙は近況報告と「力不足で申し訳ない」「元気な顔を見せてくれる日を楽しみにしている」という内容だった。

ほんとうにありがたい。

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2007年11月25日 (日)

野沢菜の漬物

野沢菜を漬物にしました。

毎年の恒例行事です。

桶の中に野沢菜をしき、そのうえに調味料(粗目の砂糖、しょうゆ、酢)をいれる。
また野沢菜をのせ、調味料を入れるのを繰り返します。
段々になった野沢菜と野沢菜の間に調味料が入るようにします。

一番上に重石をのせ、2週間ほどすれば漬かります。

母と一緒に10キロ漬けました。

信州の冬の食卓に欠かせません。

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2007年11月22日 (木)

肯定してあげたい

小さい頃、私にやさしく接してくれた親族が先週死んでいたことをおととい知る。
男性で年齢は40代後半。障害を持っていた。

動作が遅く、感情が顔に出ず、人が問いかけない限り、自ら喋ることがほとんどなかった。

父親が営む飲食店で手伝いをしていたが、父親が他界してからは、店を閉じ、継母と二人で暮らしていた。

周囲からは、10年以上も父親の弟子に就いて、どうして料理を覚えることができなかったのか、店を継ぐことができなかったのか責められた。
これは、男性の障害に理解がなく、行動に歯がゆさを持った人たちの浅はかな言動だった。

私も障害があるとはまだ知らない頃、優しい人だが、男性の様子に心配を持っていた。
そんな気持ちを抱きつつも、店を閉じてからは、男性との関わりは希薄になっていた。

昨年、男性の障害に対する支援法ができて、援助を受けていると母から聞いた。

たまに、町中で、軽やかに自転車をこぐ姿を見かけた。元気そうだなと思った。

最後に見たのはいつだろう。
時期は忘れたが、今年の上半期。
自転車にまたがる男性は、以前よりかなり太って、白髪が増えた髪はボサボサで、無精ひげが伸びきっていた。しばらく洗濯していないだろう服に下っ腹が窮屈そうに突き出ていた。

あまりの変わりように私は血の気が引いた。

父親が死んでから家を増築し、男性と同居する継母は夜仕事に出ていた。
経済的に困っていることは聞いていない。

家の前を通るとたまに車が数台止まっていた。

長いことその土地に住んでいて、知り合いもいるだろうし、店の常連さんもいた。

私は大丈夫だろうという気持ちと、自ら進んで発言できない本人が悩みを打ち明け、胸のうちを理解してくれる仲間がいたか、密やかな不安があった。

しかし、こんな思いも男性を見かける回数が減ってから薄れつつあった。

先週の土曜日の午前中、私は診断書と薬をもらうために病院へ行った。

そのときに家の前を通ったら、いつもより車が多く止まっていたので、「知り合いが来ているのだな」と思い、特別な感情を抱くことなく通りすぎた。

一昨日の朝、居間から母が電話で話している声が聞こえた。

しばらくして、母のもとへ行くと、男性が亡くなったと聞かされた。
新聞のおくやみ欄を見たら、先週の土曜日の午前8時55分死亡、19日に近親者のみで葬儀を行ったと書いてあった。

私が男性の家の前を通った1時間半前に亡くなっていたのだ。
あの車の台数が多かったのは、一報を聞いて駆けつけた人たちのものだった。

以前にも同じような死を体験したことがある。

それは親しい友人だった。
友人としての力のなさ、明るい子だから、大丈夫だろうという気持ちがあり、ただただ、白い歯の笑顔が思い起こされるだけだった。

それだけにショックも多く、暗闇に行くのが恐くなって、夜は電気もテレビも点けっぱなしじゃないといられなかった。しばらく不眠が続いた。

共通の友人は、彼女は四六時中、症状に苦しみ、生き地獄だった。だから、楽になって良かったと思ったよ、と口にした。

死へのリハーサルもしていた。彼女にとって死は、遠いものでも、特別なものでもなかった。

“苦しみから逃れるための手段”だった。

そんな死を知っていたからか、今回は依然襲った症状はなかった。

周囲の憶測じゃなく、胸のうちは、真実は、全て男性のなかにある。
他の人々はそれを探るべきじゃない。
そっと天国に祈りを注げるだけであってほしい。

肯定してあげたい死だ。

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2007年11月19日 (月)

夢の中の励まし

おととい、医院へ診察に行く。
ここで、現在の診断書を書いてもらう。仕上がるまでに時間がかかりそう。

減量の影響かどうか分からないが、夢をよく見るようになる。
夢を見ても内容をよく覚えている。
いい夢が多い。

今日は、好きな人が現れて、心臓の高鳴りで目が覚めた。
深呼吸を何度かしてようやく落ち着く。

自分の今回の選択は私と母とこのブログを読んでいる人ぐらいしか今のところ知らない。

夢の中に愛しい人が現れることで元気付けてくれているのだろうか。

いままでは、叶わぬ恋愛なども、夢のなかでは実現して欲しいと願っていた。
唄の歌詞によくある。

しかし、夢の中では、対象となる人とは会えずじまい。ほとんど空振り。

それがここのところよく現れてくれる。温かい映像と甘い言葉を一緒に連れて。

毎晩、恋愛映画を観る気分で眠りについている。

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2007年11月16日 (金)

減量

就寝前の睡眠薬と精神安定剤を1錠ずつ減らしています。

薬を飲む量は医者から私の判断で増減するようにまかせられています。

増量傾向にあり、一時的な痴呆(?)があったので、このままではヤバイと減量に踏み切りました。

この量で落ち着けばいいと思ってます。

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2007年11月13日 (火)

診断書

初診の診断書を取りに諏訪まで行ってきた。

98年からいくつか病院を変えていたが、結局は諏訪の病院に落ち着いた。
その病院へは99年から約4年通った。

申請には初診の診断書と、いま通う病院の診断書が必要だ。

久々の病院。嫌なことは思い出さなかった。
むしろ「ここには救世主がいる」と思うと毎回落ち着いたのを思い出す。

診断書を見ると、いまとは違う病名がついている。申請してちゃんと通るだろうか。ちょっと不安になる。

その後、諏訪湖畔を散歩する。歩道の紅葉やイチョウがきれい。諏訪湖ホテルの反対側が特によかった。

角上で鮮魚類を買う。角上は新潟県の寺泊から直送なので新鮮な魚介類がいっぱいある。諏訪に行く時の楽しみの一つ。

ファミリーマートでデザートを買う。生まれて初めて行った。長野県内にはファミリーマートが2年前ぐらいに進出したばかりなので、あまりない。

晴天で気持ちよかった。

診断書にこんな記述があった。

「生真面目で年齢よりも更に若く見える」

なんかうれしい。

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2007年11月11日 (日)

悪くはないか

この一週間、急激に痩せたため、身につけるものがブカブカです。

ジーンズは腰パン状態。

下着も一番奥のホックで止めても浮いています。

トップスはいいんだけど、ボトムスが。

これ以上、細いサイズを見つけるとなると、子供服しかないだろうな。

電車で同世代の女の子と並んだ時。エスカレーターの横にある鏡に他の女の子と一緒に映った時。比べるとやはり自分って不健康なんだなって思う。

中学生のときは、骨皮筋衛門に憧れていたから、こんな時期もあっていいかな。

一ヶ月もすればもとに戻るさ。

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2007年11月 8日 (木)

料理

嫁になっても、困らないように育てられてきた自分ですが、最近は料理を作るのに30分も時間をかけるのが面倒になってきました。

徒歩5分以内にスーパー、コンビニ、飲食店があります。

既製品をそのまま食卓に出して、それをおかずにご飯を食べます。

こんなことさえも病気を理由にしてしまうのはよくありませんが、味覚が鈍くなってるのかな。
食べることに関心がないのです。

作るのに時間をかけても、食べるのはあっと言う間だしね。

なんて都合のいいように解釈したり。

ひとりのときなんか、野菜の変わりに野菜ジュース。肉の変わりに豆乳を飲んだりしている。

ご飯だけは欠かせないけど、お米を研ぐのに手をつかわないで、泡だて器をつかっちゃったりしてる。

先日書いた「アボカ丼」もいまの自分からすると“手間をかけた料理”のうちに入っています。

あらゆる料理は本を見ないと思い出せなくなってるなあ・・・。

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2007年11月 5日 (月)

伯母夫婦の家へ

一昨日、伯母夫婦の家へ行ってきた。
同じ敷地内にいとこが家を新築したので祝いもかねて。

伯母夫婦には、母の入院の時、ずいぶんとお世話になった。

遊びに行くのは数年ぶり。

栗おこわ、マカロニサラダ、松茸のお吸い物、蜂の子の佃煮、無花果のシロップ漬けなどの手料理をご馳走してくれた。

いとこの家族も一緒で6人でテーブルを囲んだ。

終始、母が話題をふり、話しが盛り上がった。

私はうんうんと相槌を打ったり、聞かれなければ応えない感じで、言葉少なだった。

いつか、やっぱり自分を認めてくれて、堂々と振舞える時がくればいいなと思った。

親しい仲だからこそ、なかなか言えないことってあるよね。

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2007年11月 1日 (木)

アボカドン

アボカドのこんな食べ方があります。

材料

アボカド 半分

1センチ角に切る

玉ねぎ 半分

薄くスライスする

納豆 一パック(50gくらい)

かつお節 ひとつまみ

めんつゆ 少々 (お好みの量)

マヨネーズ 少々 (お好みの量)

レモン汁 レモン1コを4等分したのを好みの量を入れる。

これらを混ぜ合わせて、ご飯の上にのせて食べます。

アボカドン(アボカ丼)といいます。

自分は好きで食べます。

勇気のある方は(?)作ってみてください。

ていうか、この季節アボカドって売っていたっけ(苦笑い)。

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