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2008年2月15日 (金)

受験生必読!私の大逆転劇

私の高校受験の話をしたいと思います。

あれは、いまから11年前。

中学に入学しても休みがちだった私は、中3から専門クラスに通うようになりました。

そこは、私をいれて生徒が2名という少人数のクラスでした。

それでも通い始めた頃は、強迫観念と被害妄想にさいなまれ、1時間教室にいるだけでも大変なことでした。

不登校児の偏見がまだまだ根強かった当時、私が学校に行っていないことは、自分の知らないうちに地元住民の間に広がってゆきました。

誰も私が不登校になった背景を知るはずがありません。

心配してくれた人もいました。

しかし、下劣なおばさん、おじさんは、私が挨拶しても返してもらえなかったり、シカトされたり、母に対して「そんなの甘えだ」「親の教育がなってない」などと容赦ない罵詈雑言を浴びせてきました。

それに学校では、これまた一部の下劣な同級生が、専門クラスにいる私を覗きに来て、指さして、笑うのです。

そんな人たちを見返してやりたい一心で、私は地元の県立高校を目指してひたすら勉強に励むようになりました。

3学期になってからは、強迫観念と被害妄想より、見返してやりたい気持ちが勝って、一日学校にいれるようになりました。

3年分の勉強の遅れを取り戻すのは、並大抵のことではありません。

恵まれていたのは、担任の先生が地元の進学校の出身で現役で○治大学に合格された方だったのと、専門クラスなので、体育の時間や休み時間もつぶして、勉強できたことです。

もうひとりの生徒は2年生だったので、先生とマンツーマンの授業ができました。

受験までの最後の数ヶ月は、一日の睡眠時間は2,3時間でした。

受験まで時間がないので、苦手科目は、あきらめて、得意科目を集中して勉強することで、点数を稼ごうということになりました。

そんな時でした。

身体障害や知的障害のクラスとも交流があったのですが、途中から原級に戻った生徒がいました。

その生徒は、自分にも障害があるのですが、他の障害児を見下し、バカにしていました。

その生徒がなんと理不尽な行動にでたのです。

見栄を張って、私立高校に裏○入学したのです。親は、相当なお金をつぎ込んだようです。

「汚すぎる・・・」

私は怒りが爆発しました。

そんな楽な方法で入学を手に入れた生徒は、今頃、どんな人生を送っているのでしょうか。

私は、地道に勉強に取り組みました。

受験勉強のさなか、母親が心労から体調を崩し、突然入院しました。

診断結果は心筋梗塞。

絶対安静の日々がつづきました。

うちは母子家庭で、母ひとり、子ひとりの家庭です。

私は、母のいない、ひとりっきりの家で、受験勉強をしながら、家事炊事をしました。

淋しさと不安の毎日でした。

友達や近所の人、先生が、心配して、食べ物を差し入れてくれて、本当にありがたかったです。

授業が終わると、担任の先生が、母の入院している病院まで、車で送ってくださって、一緒にお見舞いをしてくれました。

ベッドに横たわった母が「たかこが、どうか合格するよう毎日、祈ってるよ」と言ってくれました。

周りの人の支えと猛勉強の甲斐あって、私は第一志望校である、県立高校の普通科に無事合格することができました。

私を偏見視していた人たちを見返してやることが出来た!

私を馬鹿にして専門クラスに覗きにきた生徒より、上の高校に入れた!

友達と足並みそろえて高校に入ることが出来た!

先生や周りの期待に応えることができた!

そして、何より、女手一つで育ててきてくれた病身の母に、吉報を届けられる!

お母さん、ありがとう。

この出来事は私の人生の中の宝物です。

高校受験まで、あと一ヶ月を切りました。

私が言うのもおこがましいですが、受験生の皆さん、最後まであきらめないで。

大変な状況の中で頑張っている貴方を心から応援しています!

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