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2008年3月 5日 (水)

日赤病院での体験

私は今の医院に通う前は、諏訪の日赤病院に通ってました。

総合病院なので、身体に病気を持った人もたくさんいました。

診察を終え、時間があるときには、エレベーターで最上階に行きました。

そこは病棟で、本当なら、見舞い客意外は、あまり立ち入ってはいけなかったかもしれません。

エレベーターから降り、左の角を曲がると、入院患者や見舞い客が憩う、小さなラウンジがあります。

新しい木製のテーブルと椅子があり、前面ガラス張りの窓からは諏訪湖が一望できます。

私はなぜか、いつもそこに行くと、不思議な力をいただけるのです。

いつの日だったか、中年の男性と看護婦が向かい合わせに座り、将棋をやっていました。

男性は、寝巻き姿で、薄手のニット帽を被っていました。

抗がん剤で髪の毛が抜け落ちたのだと思います。

計り知れないような、痛みと苦しみと闘っているのだと思います。

もしかすると、常に死と向き合っていきているのかもしれません。

治るかわからない病と闘っている人、余命を宣告された人、死を意識している人・・・。

そんな状況にある人って、その日まで、私が頭の中で考えていたのは、常に孤独と不安がつきまとい、陰鬱な日々を送っているのだろうなと思っていました。

しかし、その男性は違っていた。

とっても明るくて、肌につやがありました。

将棋も終盤にさしかかっていたのでしょうか、将棋をひとつさすと
「俺、なんか頭に血が昇っちゃいそうだな、あっはっははは」と高い声で笑っていました。

この人って闘病中?

私は、ドラマなどで見る、ガン患者の姿が脳裏に浮かびました。

あのテレビの中での俳優とは全然違う。あれは、まさに演出だったのだな・・・。

私が目の当たりにした実際の患者は、こんなに元気そう。

イメージと現実は違うものなのだなと思いました。

闘病している患者、その看病をする家族、医者、看護士、職員、見舞い客・・・。

日赤では様々な人間模様が見れました。

それらの人々が崇高に見えました。

ここは、人のいる数だけ感受性が交錯する神聖な空間。

私はそれまで被害者意識がありました。どうして私だけが・・・。

悲劇のヒロインだと感じていました。

人って他人の幸せと、自分の幸せを天秤にかけるところがあります。

人と悩みの大きさ比べをするところがあります。

はかって、比べて、自分のほうが、まだ恵まれているなと感じます。

それは、とても不謹慎なことかもしれませんが、私は日赤に通うことで、被害者意識が薄れました。

もっと、もっと大変な状況の中で必死に生きようとしている方々がこんなにもたくさんいる・・・。

私は自分の浅はかさを知りました。

いまでも、諏訪にいくと、たまに日赤の最上階に行くことがあります。
(周りの迷惑にならない程度に)。

そこに身を置くと、いつも自分の小ささを感じます。

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