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2008年3月28日 (金)

一連の件について

深夜に更新するブログは、どういうわけか、恋愛を語ってしまいます。

薬を服用した後なので、あしからず。

最近、物騒な事件が多発しています。

経済的な理由で、進学を断念した。就職活動がうまくゆかない。

だからといって、見ず知らずの罪のない人を襲うなんて、理解しがたいです。

生きる選択肢はいくらでもあるんじゃないかと思います。

苦しい状況で、それでも前向きに生きている人を、この目で見て、自分の立場を知りましょう。

人生には、思いもよらないアクシデントがたくさんあります。

就職や進学に悩むどころか、不治の病と闘ってる人がいます。余命宣告を受けた人もいます。突然、大切な人を亡くした人もいます。

私自身、不登校を乗り越え、念願の高校に合格できたと思ったら、数ヵ月後には、病気が判明しました。学校に通うどころか、外に出ることも困難となり、命をつなぐ病院へ行くことさえままなりませんでした。

お先真っ暗。絶望。人生終わったかと思いました。
しかし、そんなことを意識できるのは、まだ余裕があるときです。

当時の私は、一日の多くの時間を、病状にさいなまれ、ただただ、それに耐えることに必死でした。

あれから10年近くの時間が経ち、周りに理解者ができたのと、自分自身の夢を支えに生きています。

2月には、障害者認定を受けました。この選択には、悩みました。
考え直して、同じ状況の人の痛みが少しでもわかり、人に優しさを分け与える人になれるのであれば、この選択に苦はありません。

他の人と比べると不自由がありますが、私は、幸せです。

山あり谷ありの生活ですが、暗闇を乗り越えた時に味わう、光が、たまらないのです。

まさに、それは生きる歓びです。

ここまで、自分を持てるようになれたのは、周りの人の助けです。

周りをひがみ、危害を与えることで、相手が苦しんでいるのを見て、一時的な快楽を得ることができますが、長い目で見た時、解決には至りません。

自分で自分の首をしめています。自殺行為です。

私も周りをひがみ、持ってはいけない感情を持った時があります。

たしか中学の時でした。

指導者が厳しい人たちで、私が言う、意見という意見を全て否定してきました。

この人は、私のことを嫌いなのだと思いました。

優しさの微塵も感じません。あまりの厳しさに何度も感情が爆発しました。

でも、それが魂に刻み込まれ、一種の強迫観念のようにもなり、心の中では、相手に恨みつらみを持っても、顔では笑顔をつくるようになりました。

こうなってくると、接してくる相手にいくら恨みつらみを持っていても、意地でも優しくしてあげようと思うようになりました。

自分が変われば周りも変わります。

そのうちに私自身、気がつくと、意識しなくても、自然と穏やかになりました。

「素直になったね」と言われます。

人と喜びを共有し合えるようになりました。

その結果、人と衝突することが減りました。

人と人との間で生じた問題は、やはり、人と人との間でしか解決できないのです。

こういうわけで、参考になるかは別として、自分はこういう過程で変わってゆきました。

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