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2008年8月12日 (火)

合掌

死ぬこと以外の方法に、もっと楽に生きられる方法がなかったのか。

絶対にゆるぎないと思っていた哲学を持っている人も、自ら逝ってしまうことがあるのかと思うと、もう一体なにを信じればいいのか。

その人の分まで生きます。

数年前までは、こう言えました。

でも、いまは言えない。これは、亡くなった人に対して、傲慢だと思う。

その人に贈る言葉・・・何も出てこない。

ただ、ただ、安らかに・・・。祈りしか贈れない。

●追伸 世の中には、恋愛の“れ”の字も知らずに、亡くなっていった人もたくさんいます。

病になると、恋愛どころか、心身の正常な機能すらなくなります。

息が出来ること、喋れること、見れること、この当たり前のことでさえ、できることに喜びを感じている人がいます。

不自由を常とすれば不足なし。

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