« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月29日 (日)

掃除での出来事

今日は自分の部屋の大掃除をしました。

いつも近くにありすぎて、見落としているものってありますよね。

「この大きいダンボール、何が入ってるんだっけ?」

開けてみると、そうそうたる面々が。

「ああ、これは、どうも。ご無沙汰してます。まあ、お茶でも・・・」

誰かが入っていたわけではありません。

昨年の夏、ブックオフでサイコロ買いした単行本に文庫本。

宮本輝さまに、島田雅彦さま・・・。

それに、いまは興味がない、書体がメラメラした表紙の不倫小説が。

忘れているところでした。

様々な人との出会いに追われて、ほとんど読めてません。

さらに、掃除を進めていると・・・

なんか、この部屋には、場違いの丸い物体が落ちてました。

2月3日の節分に豆まきをしたのが、何粒か残ってました(笑)。

まいたまま、拾うのを忘れてました。

そのまま気づかなかったら、芽が出ていたかも。

もっと放っておいたら、植物が生えてきて、私の部屋はちょっとした植物園になっているところでした。

母から「あんたの部屋、なにか栽培してるの」と聞かれるところでした。

日頃から整理をするだけじゃなく、きちんと掃除をしなくちゃなあ。

☆西尾アナ情報

飯田からの桜中継、寒そうでした。

桜も西尾さんも立派でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月26日 (木)

わたおに

久しぶりにハルシオンを飲んだ。

頭が重い。12時間続いた。

夕食を控えめにした日や、空腹時に飲むとこれだ。
気をつけないと。

薬の効果が切れた時に落差がある。なんだか貧乏ゆすりを始めてしまう。
それだけ強いってことだな。

でも、ハルシオンの副作用より頭が重くなるものがある。

ドラマ、渡る世間は鬼ばかり。

母が好きで毎回見ている。

ときどき耳に入ってくるセリフが痛い。

耐える54分。

私があの家族の一員だったら居場所がない。

今日で最終回だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月22日 (日)

メール依存症

当事者会で知り合った方からのメールが届く。

多くが「淋しい」というもの。

ある人とは、やりとりを始めて半年くらいになる。

いつも自分は人から嫌われていないか確認しないと気がすまないみたい。

相手は、かなりのメール依存症。

同じ内容のメールを複数の人に送り、返事を求めている。

数年前からの付き合いで、同じ内容のメールを受け取った共通の知人は、つぶやきみたいで、返事に迷う文面なので、返さないという。

返さないと「メール届いた?」と電話がかかってくるという。

相手は携帯からで、私のパソコンに送っている。パソコンの電源を入れて、メールソフトを開かないといけないから、即答できない。

私よりも人生経験はおおいはず。アドバイスできる立場じゃないが、私なりの答えを必ず返信する。

自分ってつくづく人が良いなって思いながら。

そんなに毎日、自分は皆から好かれているか確認しないと気がすまないのかい?

そんな核心の言葉を心の中に浮かべながら、相手にいうこともできず、今日も返信を送る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月18日 (水)

ハムスターちゃん

昨日は、エサを買うためにハムスターを買ったホームセンターへ行きました。
小動物コーナーには、様々な種類のハムスター。
みんなすごく小さい。うちのハムの3分の1ほどしかない。

もうすぐ半年だよね。

よく育ちました。

バランスフードというエサの中身は、ヒマワリの種、大麦、ペレット、トウモロコシなどが入っています。

なかでも大麦が大好きで、食べるというより、吸っています。
大麦でほおをいつもパンパンにしています。

このノートパソコンのあるテーブルのすぐ下に、ハムスターはいます。

読書をしていても、パソコンをしていても、食事をしていても、視線を落とす先はハムスター。

おめめ、くりくり。かわいい。

生きるためにエサを食べ、水を飲み、動いています。
寒ければ、パインチップを口につめこみ、巣の中に運んで温度調節をします。
にんじんやりんごをやると、一匹だから誰も横取りするものはいないのに、パインチップで隠します。
顔を洗う。毛づくろいをする。
巣にさわろうとすると「チイー」と鳴いて、警戒する。

全ての動作が生きるためのこと。

こんなに小さなものから生きることを学んでいます。
こんなに小さいのに私を喜ばせてくれています。

回し車は、ハムスターが重くなったせいか?傾いてしまいました。

「さて、回るかな」と乗っても、滑り落ちてしまいます。
何回か乗って、あきらめて、巣の中に入ります。

きっと頭の中はハテナマークでいっぱいでしょう。

そして、ふて寝?

そのぶん、バランスボールのなかに入れて遊ばせています。

部屋の中を隅から隅まで転がります。

いつも、私を和ませてくれて、ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月14日 (土)

NBS西尾アナ来町!

今日はおなじみの西尾佳アナ情報からお届けします。

(本人も読んでます)。

西尾さん!

今回の中継場所はなんと私のすごい馴染みのある場所。びっくり。
私の家から車で5分。
中継場所の近くに小中学校があってよく通った道ですよ。

初めて訪ねましたか。いい町でしょう。

それにフェンシングが盛ん。知人の多くもやってます。

つつかれるの怖そうですね。

忙しそうだったら悪いので、おじゃまできませんでした。また、いつか。

中継場所に○○町とでたとき、テンションが一気にあがった。

☆.。:・★.。:*・☆.。:*☆.。:*・★.。:*・☆.。:*・☆.。

となり町に、社会福祉協議会が運営する福祉施設があります。

たまに、このブログでも紹介しますね。
先月の誕生日に祝ってもらえたのも、この施設です。

そこは、障害があるない関係なく、病気も年齢も関係なく利用できる憩いの場です。
施設の概要がおおまかに分かっていれば誰でも利用できます。

私はそこに、たまに顔を出すようになって半年になります。
世界観が変わりました!

今日は私の所属する心の病を持つ当事者の会のあつまりに行ってきました。
全員で10人以上は集まったかな。
持ち寄りでお菓子を食べながら、日頃の出来事や、悩みを語り合いました。

その後、利用者、おそらく20人以上でテーブルを囲んで昼食を食べました。

平和な空間。

帰宅後、一気に静かな私の家へ帰宅して気がめいりました。

ハムスターの世話をしても、おさまらず。

そんなときに、西尾アナがわが町に!

これは良薬になりましたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月11日 (水)

手紙

昨夜、久々に手紙を書いてみました。

四葉のクローバーの便箋に。写真もそえてみました。

封筒の中身はあまり期待しないでください。

手紙っていいなあ、と再確認しました。

最近は、メールばかりで、忘れてる漢字もありました。やばいよ。これは。

口では言えないこと。メールでは語れないこと。

手紙でしか出せない自分があると思いました。

そんな私からの手紙、春の風に乗って、あなたにも届くかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月 8日 (日)

誕生日にサービス

ウエストヴィレッジというお店に行く予定でした。
そこは、当日が誕生日の人に無料で巨大パフェを出してくれます。
免許証などの証明できるものを店員に提示します。
話しによると、5人前くらいの大きさで、かなりおいしいみたいです。
友人が今日、誕生日だったのです。
私のほかに4人いたので良かったです。

こうやって、誕生日の日には、うれしいことをしてくれるお店とか、あなたの周りにはありますか?教えてください。

行けなった理由は、婦人科のほうのおなかの痛み。

おなかの痛みで目が覚めました。

「自分、最近、いや、今までも罰が当たるようなことしてないよ・・・」

年に1、2回くる激痛です。顔から血の気がひいて、サーっと額が冷たくなります。
失神しそうになります。

3年前に婦人科に行って、いろいろ検査をしてもらいました。
なんの異常もなく一ヶ月分の服薬で良くなりました。
精神的なものが原因だと言われました。
それからは毎回、市販の鎮痛剤を飲んでいます。
用量の2錠飲んでも、おさまらなかったので、もう1錠飲みました。

「治ってくれ~、神様、仏様、キリスト様」

それでも治まらず、さらに、もう1錠飲みました。

「治ってくれ~、神様、仏様、キリスト様、えっと・・・○○様、N様、H様」などと日頃からお世話になっている人を付け加え唱えてみました。

すると

ようやく治まりました。

やっぱり、恩を忘れてはいけません。仏様を優先せず、一般市民に感謝しなければなりません。

というか、薬を4錠飲んだから治まりました・・・。

☆西尾アナ情報

私もハラハラしました。でも良かったです。

諏訪湖いちご園は、ちょっと遠かった。

食べてるいちごからも、思い出話からも甘酸っぱさ伝わってきました。

今度ネタを提供しようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年3月 5日 (木)

とりあえず

1日に行われたスピーチ、なんとかやりとげることができました!

もっと早く更新する予定でしたが、今回は自分の原稿以外にも言いたいことがあって、何度も書いては消したりして時間がたってしまいました。

出席者は保健福祉課の職員、保健婦、ボランティア団体の代表者、福祉施設の管理人、そして、当事者、当事者家族、身内に心の病を持つ方・・・。

それぞれの立場の意見が出ました。
どの意見も考えさせられる内容でした。
それだけに全ての意見が重要な気がしてきて、なにに焦点を当てて書いていいのか混乱して、まとまらなくなってしまいました。

自分の体験発表は自分と母と保健婦さんが入って、3人で対談を進めていきました。

正直言って母のぶんは、まえやったのとほとんど変わっておらず、自分の原稿はちょっと肉付けしました。保健婦さんのは言い回しを変えました。

とりあえず載せます。

●保健婦

☆私

★母です。

●こんにちは。○○です。
心の病の当事者である○○さんとお母さんに病気にまつわるお話しをいていただきたいと思います。
たかこさんは、小学校時代から、不登校を経て、今ようやく人前にでられるようになったようです。
親戚や学校の先生には理解してもらえず、同級生のいじめにあい、高校の自主退学を経験されております。
良くも悪くも一番大きな存在のお母さん。お母さんによって、病気が大きく作用したといっても過言ではないくらいのようです。
周囲の理解の乏しさによって、たかこさん、お母さんは、ずいぶん苦しんでこられたようです。現実的にどのようなご苦労があったのか、まずたかこさん、お話していただけますか。

☆小学校4年ころから気持ちに身体がついてゆかない。心と体がバラバラに存在している感じでした。そのため学校を休みがちになりました。
私の家は、早くに父親が亡くなったので、母一人、子一人の母子家庭です。
母は昼間、仕事にでているため、思うように病院へ行くことは出来ませんでした。

高校に入る頃には症状がひどくなりました。

他人から危害を加えられているのではないかという妄想や、自分の考えていることがクラス全員にわかってしまっているのではないかという思いでいてもたってもいられなくなりました。
人の声が勝手に聞こえてきたり、メロディーが自然と頭の中に鳴り響いて、頭の中がごちゃまぜになりました。

そのうち家に引きこもるようにもなりました。

誰かに見られているのではないかという思いにかられ、真夏の昼間でも窓を締め切り、汗は出ることもなく、やせ細り、家にじっとしていました。3週間に一度しか外に出られないこともありました。

そんな状態なので病院へ行くことでさえ苦労しました。
外来病棟でも落ち着いて座っていることができず、受診の順番を待つのにも、人目につかないトイレで待っていました。
興奮したかと思うと極度に落ち込み、死ぬことを考えたこともありました。なかなか眠ることができず、昼と夜が逆転した生活が続いたこともあります。

●そんなたかこさんの様子に並々ならぬ不安を抱いていたお母さん。
当時お母さんはたかこさんに対してどのように接しておられましたか?

★私が会社から帰ってくると、真っ青な顔をして、おびえてひとり部屋におりました。いつも「たかこは無事なのか」不安で不安でいっぱいでした。夜中に奇声をあげて苦しがることが何度かありました。そんな時、背中をなでて、気持ちがしずまるのを必死に願っておりました。私自身、全く病気の知識がなく苦しんでいました。
いらいらして、娘を叩いたこともありました。親戚や兄弟に相談しても「お前の育て方が悪い」と冷たくあしらわれ悔しい思いをしました。おんな手ひとつで育てることが無理なのか、主人のいない心細さ、淋しさで本当に涙が止まりませんでした。
私自身、眠れない日が続き、死んだらどんなに楽になるだろう、と考えた時期もありました。

●今は明るく、笑いの耐えない、ケンカひとつしなくなったとたかこさん、お母さんは言います。お母さんは一冊の本がきっかけでたかこさんへの接し方が変わったと言います。
お母さん、どんなことが本に書かれていたんですか?

★本の内容は、
①守るのは家族しかいないから、いらいらした気持ちではいけない。母は一家の太陽でなければならない。

②病気は放っておかず、必ず専門医にかかってください。心の病は必ず治る病気です。
でも時間はかかります。また、頑張りなさいと言葉をかけてはいけない。

③話をよく聞いてあげる。相づちを打ってうなずく。相手の言ったことをすべて受け止めてあげることが大事。

④相手にぐちをこぼさない。

⑤絶対に相手を追い詰めてはいけない。相手は理屈どおりにできないで苦しんでいる。

ということが書かれていました。

それからは、気持ちが楽になり、楽天的になろうと思い、明るくふるまうことにしました。
いつの間にか暗かった娘が笑顔になり、明るくなっていきました。また、役場の保健福祉課の方にもアドバイスを受け気持ちが楽になりました。
娘にはいつも厳しい冬も必ず春がくるからねと言っております。皆さんのおかげで娘も大きく成長しました。

●今のたかこさんがあるのは、二人がぶつかり合い、理解し、認め合えているからだと思います。
たかこさん、お母さんが変化したことで、今はどんな毎日を過ごされていますか。

☆自らの経験をふまえ4年前から文筆活動をするようになりました。
小学生の時から書くことが好きだったので、自分の体験を本にしたいと思ったからです。
東京の出版社に原稿を送ったところ、編集者に文章を認めてもらえました。編集者と、信頼関係を築けるようになり病気のことも理解してくれています。
「無理をせず、原稿が書きあがるまで、何年でも待っているからね」と約束してくださいました。

今は、気分のよい日に小説や随筆、短歌や俳句を書いています。
俳句は伊藤園の俳句大賞に入選しました。
短歌はNHKラジオで何回か採用されました。

●今、かかげているのが、たかこさんの作品です。

病室の窓から春を見ているだけ私の心は秋のまま

画面の黒い活字に血が通っている 入院中の彼のメール

ハンサムで人間くさい君が好き

☆文章を人に認めていただくことで
私は自信がつきました。そのおかげで、こうやって人前にもでられるようになりました。
一時は死ぬことを考えた自分が、ここまで立ち直ることができたのは、お母さんや周囲のみなさんの理解のおかげです。

これからも文筆活動を続けてゆき、並行して自分の体験を自分の声で訴えていきたいと思っています。また、病気の啓発運動にも積極的に参加したいと思っています。
どうぞこれからもよろしくお願いします。

●ご静聴ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »