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2009年3月 5日 (木)

とりあえず

1日に行われたスピーチ、なんとかやりとげることができました!

もっと早く更新する予定でしたが、今回は自分の原稿以外にも言いたいことがあって、何度も書いては消したりして時間がたってしまいました。

出席者は保健福祉課の職員、保健婦、ボランティア団体の代表者、福祉施設の管理人、そして、当事者、当事者家族、身内に心の病を持つ方・・・。

それぞれの立場の意見が出ました。
どの意見も考えさせられる内容でした。
それだけに全ての意見が重要な気がしてきて、なにに焦点を当てて書いていいのか混乱して、まとまらなくなってしまいました。

自分の体験発表は自分と母と保健婦さんが入って、3人で対談を進めていきました。

正直言って母のぶんは、まえやったのとほとんど変わっておらず、自分の原稿はちょっと肉付けしました。保健婦さんのは言い回しを変えました。

とりあえず載せます。

●保健婦

☆私

★母です。

●こんにちは。○○です。
心の病の当事者である○○さんとお母さんに病気にまつわるお話しをいていただきたいと思います。
たかこさんは、小学校時代から、不登校を経て、今ようやく人前にでられるようになったようです。
親戚や学校の先生には理解してもらえず、同級生のいじめにあい、高校の自主退学を経験されております。
良くも悪くも一番大きな存在のお母さん。お母さんによって、病気が大きく作用したといっても過言ではないくらいのようです。
周囲の理解の乏しさによって、たかこさん、お母さんは、ずいぶん苦しんでこられたようです。現実的にどのようなご苦労があったのか、まずたかこさん、お話していただけますか。

☆小学校4年ころから気持ちに身体がついてゆかない。心と体がバラバラに存在している感じでした。そのため学校を休みがちになりました。
私の家は、早くに父親が亡くなったので、母一人、子一人の母子家庭です。
母は昼間、仕事にでているため、思うように病院へ行くことは出来ませんでした。

高校に入る頃には症状がひどくなりました。

他人から危害を加えられているのではないかという妄想や、自分の考えていることがクラス全員にわかってしまっているのではないかという思いでいてもたってもいられなくなりました。
人の声が勝手に聞こえてきたり、メロディーが自然と頭の中に鳴り響いて、頭の中がごちゃまぜになりました。

そのうち家に引きこもるようにもなりました。

誰かに見られているのではないかという思いにかられ、真夏の昼間でも窓を締め切り、汗は出ることもなく、やせ細り、家にじっとしていました。3週間に一度しか外に出られないこともありました。

そんな状態なので病院へ行くことでさえ苦労しました。
外来病棟でも落ち着いて座っていることができず、受診の順番を待つのにも、人目につかないトイレで待っていました。
興奮したかと思うと極度に落ち込み、死ぬことを考えたこともありました。なかなか眠ることができず、昼と夜が逆転した生活が続いたこともあります。

●そんなたかこさんの様子に並々ならぬ不安を抱いていたお母さん。
当時お母さんはたかこさんに対してどのように接しておられましたか?

★私が会社から帰ってくると、真っ青な顔をして、おびえてひとり部屋におりました。いつも「たかこは無事なのか」不安で不安でいっぱいでした。夜中に奇声をあげて苦しがることが何度かありました。そんな時、背中をなでて、気持ちがしずまるのを必死に願っておりました。私自身、全く病気の知識がなく苦しんでいました。
いらいらして、娘を叩いたこともありました。親戚や兄弟に相談しても「お前の育て方が悪い」と冷たくあしらわれ悔しい思いをしました。おんな手ひとつで育てることが無理なのか、主人のいない心細さ、淋しさで本当に涙が止まりませんでした。
私自身、眠れない日が続き、死んだらどんなに楽になるだろう、と考えた時期もありました。

●今は明るく、笑いの耐えない、ケンカひとつしなくなったとたかこさん、お母さんは言います。お母さんは一冊の本がきっかけでたかこさんへの接し方が変わったと言います。
お母さん、どんなことが本に書かれていたんですか?

★本の内容は、
①守るのは家族しかいないから、いらいらした気持ちではいけない。母は一家の太陽でなければならない。

②病気は放っておかず、必ず専門医にかかってください。心の病は必ず治る病気です。
でも時間はかかります。また、頑張りなさいと言葉をかけてはいけない。

③話をよく聞いてあげる。相づちを打ってうなずく。相手の言ったことをすべて受け止めてあげることが大事。

④相手にぐちをこぼさない。

⑤絶対に相手を追い詰めてはいけない。相手は理屈どおりにできないで苦しんでいる。

ということが書かれていました。

それからは、気持ちが楽になり、楽天的になろうと思い、明るくふるまうことにしました。
いつの間にか暗かった娘が笑顔になり、明るくなっていきました。また、役場の保健福祉課の方にもアドバイスを受け気持ちが楽になりました。
娘にはいつも厳しい冬も必ず春がくるからねと言っております。皆さんのおかげで娘も大きく成長しました。

●今のたかこさんがあるのは、二人がぶつかり合い、理解し、認め合えているからだと思います。
たかこさん、お母さんが変化したことで、今はどんな毎日を過ごされていますか。

☆自らの経験をふまえ4年前から文筆活動をするようになりました。
小学生の時から書くことが好きだったので、自分の体験を本にしたいと思ったからです。
東京の出版社に原稿を送ったところ、編集者に文章を認めてもらえました。編集者と、信頼関係を築けるようになり病気のことも理解してくれています。
「無理をせず、原稿が書きあがるまで、何年でも待っているからね」と約束してくださいました。

今は、気分のよい日に小説や随筆、短歌や俳句を書いています。
俳句は伊藤園の俳句大賞に入選しました。
短歌はNHKラジオで何回か採用されました。

●今、かかげているのが、たかこさんの作品です。

病室の窓から春を見ているだけ私の心は秋のまま

画面の黒い活字に血が通っている 入院中の彼のメール

ハンサムで人間くさい君が好き

☆文章を人に認めていただくことで
私は自信がつきました。そのおかげで、こうやって人前にもでられるようになりました。
一時は死ぬことを考えた自分が、ここまで立ち直ることができたのは、お母さんや周囲のみなさんの理解のおかげです。

これからも文筆活動を続けてゆき、並行して自分の体験を自分の声で訴えていきたいと思っています。また、病気の啓発運動にも積極的に参加したいと思っています。
どうぞこれからもよろしくお願いします。

●ご静聴ありがとうございました。

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