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2009年7月29日 (水)

木曽、ボランティア

今日は当事者の会のバスハイクで木曽の開田高原へ行ってきました。

ごく一部の日頃の行いが悪い連中のせいで(笑)なんていったら怒られるけど、横殴りの雨が降るなど、悪天候でした。

でも、楽しかった。

木曽馬に触れた。大人しい。

そばが有名なだけあって、そば屋が多い。

お昼のおやきつきのざるそばが美味しかった。
信州に生まれたのに、今日初めて、ざるそばを食べ終わった、つゆに、そば湯をいれ、飲み干した。今まで邪道なそばの食べ方をしていたんだな、と実感。

その後、そば工場を見学。「霧しな」という会社。
そこで作られた、ざるそばと、冷やし中華を試食した。今まで食べたそばの中で一番美味しい。こしがある。

道の駅で、生そばを2人前買い、霧しなでも生そば2人前を買った。
もたせてくれたお土産も乾そば。
合計そば5人前。

夕食もそば。

そして、今日習いたての、ざるそばを食べ終わったつゆに、そば湯を入れて飲んだ。
やっぱ、おいしい。

いつも思うが、引率するボランティアは聡明なかたが多い。

大企業の上層部を定年退職をされた方。良家のご婦人。

木曽をドライブ中、ある風景が目に入るたび、ゆかりのある人物や歴史を教えてくれる。

人それぞれの感性も入ったお話で、重みがあり、年輪が感じられる。

観光ガイドが同行しているみたいだった。

わたしも、あんな高齢者になりたいと思う。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

わたしも町などのボランティアに参加させてもらってます。

5年前にぼちぼち行きだし、今はよく行きます。

ボランティアセンターのサポートメンバーになっていて、先週の水曜日の発足会に地元の新聞社が取材に来て、たまたま居合わせた私はインタビューを受け、しゃべった内容が記事になりました。

私は主にボランティアセンター内を装飾したり(折り紙の作品を壁に貼るなど)、福祉便りの詩を書かないか、と話を持ちかけていただいてます。

地元に少しでも貢献できることってうれしいです。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

すいません。ブログを書く時間がとれません。
もっと詳しく書きたいのですが・・・。

後日、また書きますね。

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2009年7月25日 (土)

雨に終わった祭り

数年ぶりに地元のお祭りを見に行った。

開会して2時間もたたないうちに突然の激しい雨。

バケツでひっくりかえしたような雨というのか。

みんな、わあ~といいながら、テントの下や近くのアパートの軒下などに避難。

あたりはみるみるうちに水たまりになった。

私も近くのアパートで30分くらいだろうか雨宿り。
風の混じった雨で、折り畳み傘でも対応できず、びしょびしょに。

踊りに参加する予定だった小学生の男の子たちは、びしょ濡れになりながら
大雨の中かけまわっていった。楽しそう。

そういえば、雨がふる前、嫌な予感のする風が吹いてきたな。

しばらくして、お祭りを中止にしますというアナウンスが。

1年も前から準備をしていただろうに、実行委員会も難しい判断だったと思う。

花火も明日へ延期。

小雨になってから、それでも名残惜しそうに、客をよびこむ屋台を見ながら、歩いて帰宅。

今頃、やけ酒飲んでいる人も多いだろうな。

☆西尾アナ情報

信州新町のソフトバレー大会からの中継。
町民が24時間かけてかわるがわるバレーの試合を行うそう。
町が一丸となってっていうのが、凄いなと思う。
体育館は熱気で飽和状態じゃないかな。

今日は、当初は祭りに行くため、録画をしておきましたが、家に帰ってきて、生でこれダネを見れました。

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2009年7月22日 (水)

うひょーなご依頼

ボランティアセンターを管轄する団体から、「福祉便りに詩を載せませんか」と言われました。実は、以前にも声をかけられて考えていたところです。

月に一回、町内に広報便りと一緒に配られるものです。

自分の詩のスペースを頂けるなんて言われました。

詩か・・・。

作品は、これは当然のことではありますが、福祉便り全体に調和のとれた作品であること。

官能小説を希望していた人が、「あの~学校図書推薦本を書いてくれませんか?」と依頼がきて、「えっマジで。書けるかなあ」とパニくるみたいに。
ってそんなことないね。

おっぱいバレーを読んでる場合じゃないな。
友人に明るい本がいいと言ったら、「おっぱいバレー」を貸してくれた。
そのかわりに相手に貸した本は人間失格(笑)。
太宰治ブームですね。

自分の町に貢献したいから。

美術部員だった頃、町の祭りのポスターに優秀賞に採用されたくらい。

引き受けたいと思う。

最終的に載るか、載らないかは、編集係の人が決めることだけど。

掲載が決まり、載ったらブログで詳細を紹介したいと思います。

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2009年7月19日 (日)

高校野球観戦

高校野球県予選の3回戦を見に諏訪湖スタジアムに行ってきた。

日に焼けた!楽しかった!

会場に着いたのは、第一試合の終盤。

5対0で、このままリードして終わると思いきや、相手チームに火がつく。
リードしている高校にもフォアボールが続いたり、デッドボールがでる。守備の乱れも出てきた。負の流れ。
同点になり、延長戦。

レフトを守っていた選手がピッチャーに代わる。
とても低い投げ方だ。アンダースローというのだそう。

その甲斐もなく、さらに5点が入り終わってみると、10対5で大逆転勝ち。

0が続いていても、9回表からの逆転劇だよ。

試合が終わった後、最初にリードしていた高校の先発投手は大号泣。
泣いたまま、動けず、ダッグアウトになかなか入れませんでした。

第二試合は、一方的な試合ではなく、接戦。

お互いヒットも少なく、ホームランは出なかったが、スクイズなどで一点を争う感じ。

スタジアムに近い高校の大応援団がすごかった。
しかし、ビジターにもかかわらず、相手チームが勝ちました。

5時間もベンチに座っていて、お尻や背中の痛みが気になった。

けれど、選手たちなんか普段から血の滲むような練習を重ねてきたのだと思います。

一日の流れが早いだろうなあ。

勝敗は関係なく青春の思い出がいっぱいできて、羨ましくも思いました。

ありがとう!高校球児のみなさん。

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2009年7月15日 (水)

母の悩み

母は特に心の病を持っていない。
しかし、おととい、母はヒステリーを起こした。来客の母の友人と口論になった。

母の友人のほうが、心が寛大で母の話を聞くだけ聞いて受け止めて、なだめて、おさまった。

その後は、母は大丈夫と言って、私を安心させてるが、たまにイライラしている様子を見せる。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

母の話しによると、いまから十数年前、更年期と私の不登校が重なった時、首をつろうとしたらしい。
自殺するところだったと、今になって聞かされた。

このままでいけないと、自ら車を運転して、病院へ行った。
なぜか受診したのは、内科。
医者に「この状態でよく運転されてこられましたね」と言われた。
処方された薬を一回飲んだら、ケロっと治ってしまったらしい。

なぜ精神科じゃなかったの?と聞いたら、それよりも昔にやはり精神が不安定な時に精神科にかかったら処方された薬が合わなくて、むしろおかしくなって救急車で運ばれて以来、精神科は嫌だということだった。

そうだ、私がまだ幼い頃、母が救急車で運ばれて、一緒に同居していた祖母と心配したことがあった。

父が私の生まれる前になくなり、6歳まで祖母と母と3人暮らしだった。
母は昼間、働いていたので、その間、私の面倒を祖母がみてくれていた。

そんなことがあって以来、母は、自分のことや、私のことについて悩んでいるが、精神がおかしくなったことはない。

女手ひとつで働いてきた。
おかげで、私は衣食住に困らず生活してきた。両親がそろっている家よりは倹しい暮らしではあるが。

母は今は、定年退職して家にいる。畑や園芸に打ち込んでいる。

ひとつ屋根の下に暮しているから、母と私はたまに口げんかもする。母が邪魔に思うときがある。私が台所で料理をしていると口を出し、洗い物をしていると、そうじゃないと口出しをしてくる。

私の病気を昔よりは理解してくれるようになったが、いまも母の型にはまらないと、よく怒られる。

私は一昨日の件があってから、母に接するのがさらにストレスになる。

テレビの音が、ガンガンして頭が痛いので、音量を下げる。
肩がこる。息切れがする。窒息感がある。つい、胸元に手がいってしまう。

これから、どうなるのやら・・・と思う。

母にも、カウンセリングを受けさせたいと思うが、母は「私は大丈夫だ。ストレスの発散のしかたも知っているし、相談する人もいるから」と言って拒否する。

カウンセリングにも、心療内科でさえも抵抗のある母・・・。
過去に精神科の薬が合わなかったトラウマもあるが、受けると心がすっきりしてくるのに。

先日、家から出て、ビジネスホテルに缶詰したい、という記事を書いた。

昨日は、その状態が強かった。日頃からあることだが。

メールソフトを開いて、楽天トラベルニュースの「駅近ホテル」なんてあるとつい見てしまう。

私の憧れのホテル暮らし・・・。

HPでプランだけ見て、想像だけして我慢。

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2009年7月11日 (土)

ゆり

前回のブログ、感情的になってしまって、すみませんでした。
こういうことも含めて、寛容な自分にならなければいけませんね。
注意をしたところで治るものではないと思います。
こっちが大きな心で受け止めるしかないです。
それに私も人のこと言える立場じゃないし。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

☆西尾アナ情報

白馬いわたけゆりの園からの中継でした。
色とりどりのゆりが咲きほこっていて見事でした。あんなに種類があるのですね。
ゆりの語源が「揺れ」からきているとは・・・乙ですね。
今回はゆりの歴史を教えてくれました。
毎回、中継先のゆかりのある人やモノの歴史を短時間で深く明快に教えてくださるので
「ほお~、そうだったのか」と勉強になります。
ぜひNBSの土曜はこれダネ!で西尾アナの解説ぶりを見てください。

ゆりの根って食べられるそうです。ビールにあったかな。

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2009年7月 9日 (木)

怒り

母の腰痛はほぼ完治。

私自身は、梅雨のようなスッキリしない状態です。

私は、様々な障害のある方、病気を持っている方と交友を深めています。

初めて参加したのが、5年前くらいで、その時は言語障害を持つ方々でした。

最近は、さらに増えました。このブログでもたまに紹介しています。

様々なハンディを持ち、厳しい環境にありながらも、たくましく生きている姿に感銘を受けます。

その一方で、残念な方々がいます(笑)。

最低限の礼儀やマナーは身につけるべきです。

障害を持っているから、病気だからと周りから甘やかされて育ってきたのでしょうか。

ろくな挨拶もできず、いきなり、結婚しているかどうかを確認してきたり。

周りに人がいるのに、病気はもっているか、男性との経験はあるか、と大きな声で聞いてくる人もいます。

男性同士だったらまだしも、異性に対して失礼です。
それに初めて顔を合わす人が聞いてくる場合もあります。

社交というものを彼ら、彼女らは知りません。一部の方々ですが。

とても不愉快です。

相手の立場になってという神経が働かないのか。

でないと、相手に失礼ですし、良い人間関係を築けません。

顔では笑い冷静を装いますが、

心の中では「こらっ。テメエ、何様だと思ってんだ!どういう育ち方をしてきたのか!お気の毒な人だねえ。下劣なことこの上なし。人を舐めんなよ。いまのうち、せいぜい旨い飯を食ってろ。」と思っています(笑)。

機会があったら、本気で怒ろうと思う。ニタリ。

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2009年7月 6日 (月)

母の腰痛

母の腰痛が思っていたより長びいている。

根の深い花の木をのこぎりで切っている時に、腰にいたみが走ったらしい。

歳をとると園芸や畑が好きになるというが、うちの母もそれで、熱中している。

いつも「ほどほどに」と言っているが、その思いも届かず・・・。

腰痛持ちの母。
1年に1度はこんなことがあって、3日程度で治る。

薬嫌いで鎮痛剤も飲もうとしない。

母流の治し方を尊重してやりたいと思う。

自力で歩けるし、食欲もあるし、本を読んで笑ってるくらいなので大丈夫だと思う。

しばらくちょっとした介護生活は続くが、近くに友人がいるので心強い。

こういう時間も貴重だな。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

☆西尾アナ情報

須坂高校の文化祭からの中継でした。
高校生が画面からはみ出そうな勢いで騒いでいた。10代っていいな。
幅16メートルにもなる生徒が作った竜の模型は迫力がすごかったと思う。

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2009年7月 3日 (金)

痛い

ハムスターの記事を書いて、褒めてやったばかりなのに、2回噛まれた。
自分の指の差し出し方がいつもと違ったというのもあるが、それにしても、小さいものなのに、けっこう痛い。

プラスチックを削るほどの歯をしているので、出血。なめても、なめても血がとまらない。

いまは、痕だけ残っている。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

そんなことは、いいが、母が家庭菜園で作業中にぎっくり腰になった。

軽いので、3日くらい寝ていれば、よくなるとのこと。

年に一度はある。

様子を見ようと思う。

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