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2009年10月 3日 (土)

津久井克行さん

classの津久井克行さんが私の地元にライブ&トークショーで訪れたのは、2002年の7月のこと。
母も誘って行った。
私は最初、友人に誘われたとき、「ああ、夏の日の1993を歌っていた人か」という認識しかなかった。
その時は、すでに解散しソロで活躍されていた。

高校生のころから音楽活動をはじめ、米軍キャンプやライブハウスを中心に活動をしてきたこと。

「夏の日の1993」が大ヒットしたのは、30代前半で遅咲きだった。
紅白出場を果たし、当時の自分は天狗になっていた、と振り返っていた。

しかし、その後は、売れなくなり、音楽活動だけでは生活することができなくなった。
家族を養うために、理科で使うフラスコなどをつくるガラス工場で働いていたこと。
今までスターであった自分が、工場では年下から仕事のことで怒られたりして、プライドが傷ついたことなどをお話ししてくださいました。

話の合間に、「夏の日の1993」やビートルズの曲を歌ってくれました。

「今日は長距離移動だったので、のどの調子が悪いんだけど・・・」と言っていましたが、CDそのままの歌声。

とてもファンとの距離が近い、温かみにあふれたライブ。
会場には、津久井さんの奥さんとまだ小さい女のお子さんが来ていた。

津久井さんを支えてこられた奥さんは、津久井さんの苦労話に時おり涙を流していた。

ライブ終了後、私は色紙を手に真っ先に津久井さんのところに駆け寄った。

「こんにちは。ライブ、とても元気をもらいました。いま、私、壁にぶち当たってるんです」

「そうなんだあ・・・。」

と、津久井さんの優しそうな表情を見て、私は、つい当時の境遇を話してしまった。

「名前は?漢字でどう書くの?」と私に聞いて、なかなか漢字が思い出せないらしく、
傍らにいた娘さんが「パパ、なんで(漢字が)わからないの~」と話していたのが微笑ましい。

名前も入れて下さった、筆力のあるサイン。
写真撮影にも応じてくれて、撮り終わった後、私に「頑張ってくださいね」と言ってくれた。

多くの会話をしたわけではありませんが、忘れられない一日でした。

そのとき、母は、奥さんと話をしていた。

私が後で「なんの話をしていたの」と聞いたら、

「素晴らしいライブでした、と言ったらね、ありがとうございます、
自然の多い良いところですねえ、と言っていたよ」と教えてくれた。

今回の訃報に接して
奥さんや、あの頃はまだ小学生低学年くらいだった娘さんの気持ちを思うと言葉になりません。最期を看取られたそうです。

つい最近、classを再結成したというニュースを耳にしたときは、充実した日々を送られているのだなと、うれしい気持ちになりました。

今年2月にガンが見つかって闘病中だとは全く知りませんでした。

それでも、8月6日にはライブに出演したのですね。

私は、昨日のスーパーニュースの芸能コーナーで、亡くなったことを知って、あの1日のことをつい最近の出来事のように思い出しました。

また、あの歌声、生で聴きたかった。あのフレンドリーな津久井さんにもう一度会いたかった。

心からご冥福をお祈りします。

。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。。・。

西尾くん、午前の番組もこれダネも見たよ。
感想は明日以降に書くね。

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