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2010年12月26日 (日)

今年のクリスマス

今年のクリスマスは、3回やりました。

デイサービスで2回、家で母と1回。

3回もケーキが食べられて幸せ。

今年のクリスマスの理想としては、今月「出会い」の記事で紹介した男性と食事でもできたらと思っていました。

しかし、最近自分はドタバタしていて、結局男性に連絡することもなく、母とやりました。

メールのお返事がこないままで、今日になって、ようやく勇気を出して男性に電話して繋がったのです。

あちらは、「忙しくてメールの返事ができなくてすみません」とのこと。

これから劇団の忘年会という忙しいときに電話してしまったと反省してます。

入団して3年。将来的にも個人で劇団を旗揚げする意思はなく、いまの劇団にしばらくはいるそうです。

いろいろ判断して私は「じゃあ、恋愛関係ではなく、お互いを励ましあう友達関係になりましょうね」と自分から「友達」と断言してしまいました。

(これは、私の弱さでもあり、将来を見据えてでもあります)。

今日の電話の中で、私が一人っ子だと言うと、あちらは、「ああ~」っていう反応でした。

「友達関係で」というと、間をおいて「えっ」と言ってました。

もしかして、少しは、私と付き合いをしてもいいという意思はあったのでしょうか。

「お互いを励ましあう関係でいましょうね」には、「是非、是非」と応えてくれました。

「今忙しいので、後でかけなおしますよ」

「いえっ、こちらから改めてかけます」

「1月上旬までは仕事があって・・・」

「じゃあ、それ以降にまた電話します」

その後、私よりも丁寧に別れの挨拶をし、電話を切りました。

役者は年末年始が書き入れ時ですからね。

やっぱり、前の記事で書いたように友達関係が妥当かなと思います。

100パーセント恋愛関係にならないという断言はできませんが。

この後の展開は、ブログで紹介できる範囲で書きますね。

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2010年12月23日 (木)

今年を振り返って

今年も終わりに近いので、1年を振り返りたいと思います。

1月~6月までのことは、よく覚えていません(笑)。

今も続けていることですが、地元の広報誌に短歌を連載しています。感性を磨こうと毎日読んだり書いたりする日が続いた上半期だったように思います。
読んだ人からいろんな感想を頂きありがたく思っています。

それに悩み事があれば、信頼する人にしょっちゅう電話をかけて声がガラガラになるまで話し合っていた時期でもあります。

5月には、先日亡くなったおじが最後のドライブに連れて行ってくれたことが印象深いです。末期だと聞かされる一ヶ月前の話し。
振り返れば、父親代わりのおじが、いつもより大人しかったことに、何かを予感させられました。

6月には、母の車の購入費の半額を貯金をはたいて出しました。13年ぶりに我が家の車が新車になったことです。

8月ごろまで体調を崩してばかりいました。
立ち眩み、食あたり、抑うつ状態、甲状腺の検査をしたこと、百日咳の反応がでたことなど。年貢の納め時のような1年でした。

9月には、ようやく地デジを購入しました。

10月は本当にいろんなことがありました。

当事者の会に出席して知り合った友人が私を裏切ったことです。侮辱させられました。
本人は刑事責任能力がないので、両親が謝りに来たことです。
示談が成立しました。
いくら障害がある、病気だからと言っても、いい歳した大人が親に頭を下げさせるようなことをしてはならないと思います。いい反面教師になりました。

上記の件は、法的な処置をとろうとしたほどです。

示談に至った経緯に親切に仲介してくださった共通の知人から「うちへ仕事に来ないか」といわれました。
友人の件から、話しが飛躍し、翌日からはデイサービス施設の非常勤職員として働くようになりました。相談に乗ってくれた共通の知人とは、デイサービス施設の理事長だったのです。

毎日ではありませんが、デイサービス施設に働きに行って3ヶ月がたとうとしています。
おかげさまで、身体の調子もよく、今日まで無遅刻無欠勤です。

行くようになってから顔の相が変わりました。
行きつけの美容院の鏡に映る自分の顔が物語っています。
以前より優しい顔つきになっています。肌がつやつやしています。

お年寄りや赤ちゃん、未就学児、難病を持つ方に対して笑顔で接するように心がけています。ひょうきんな人が多く、よく笑います。
その影響で表情筋に変化が起きてるのでしょうか。

自分でも明るい表情になって嬉しく感じてます。

次は、いまやきもきしていること。

今話題になっているM氏の文学賞受賞と小説出版。
その出版社の編集者と5年以上交友しています。年上のメル友といった感じです。
この5年間、私の体調をいつも心配してくださり、お互いに励ましあう関係です。
母の次に信頼している人です。
真実はわかりませんが、私の成長を心から喜んでくれている人がいる会社が良くも悪くも話題になっていることが気がかりです。
つい最近も、私が外の仕事に就いたことを自分のことのように喜んでくれました・・・。

来年は、人前で「病気を持っていますが、デイサービスのお仕事と物書きの2足のわらじで頑張っています」と堂々と言えるようにさらに頑張りたいです。

ブログを開設して5年以上が経ちますが、最初の2、3年ほどは、自分の人生の影の部分を語ってきました。

今年は光の部分を多く書けたと思います。

普段自分を支えていただいている皆さんのおかげです。深く感謝します。

経験をふまえて、私はかつての自分のように苦しい境遇に立たされている若者を援助する活動をしたいです。

いじめ、不登校、引きこもり、心の病、精神障害、セクハラ、パワハラなどで苦しんでいる人へ向けた私なりのメッセージを送りたいです。

必ず乗り越えることができますよって。

私なりに頑張りますね。

みなさん、これからも私と「心のシグナル」をよろしくお願いします。

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2010年12月19日 (日)

苦手な人

昨日の朝は熱がなかったので、なんとか出勤することができました。

人前で鼻水が止まらなくなったら困るな~と不安でした。

前ブログに書いたように、マスクをして、プレコール持続性鼻炎カプセルを飲むと鼻水がでませんでした。

マスクは鼻腔内が潤う感じでよいです。

風邪は落ち着いてきましたが、それと入れ替わるように、少し気分が落ち込んでいます。

原因は、夕べ親戚から電話がかかってきたことです。

電話を受けたのは母です。

相手をまくし立てるような話し方、1つ言えば10にして応戦してくる人なので、受話器から洩れてくる機関銃トークに、私は頭が痛くなりました。

小さな頃、自分を良くしてくれましたが、昔気質のしつけの厳しい人です。
注意されるたび、そのしゃべり方に毎回非常にストレスを感じてました。

夕べの親戚の声を聞いてから、なんだか心が不安定になり、憂うつです。
明日になれば、治まるでしょうが。

苦手な人です。

そんな人が、母だったら私は今ごろ家出してるだろうな。

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2010年12月17日 (金)

風邪っぴき

昨日から風邪を引いて寝ています。

夕べは38度近くまであがり、関節痛で寝れませんでした。

昼間は体温は下がりますが、夜になると上がる感じです。

いつだったか、2週間治らなかったことがあるので、心配です。

風邪が一発で治る注射があったらな。

みなさんも風邪には気をつけてください。

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2010年12月12日 (日)

おじの死

今年の7月頃、私のおじさんが癌になって見舞いに行ったことなどを書きました。

一昨日、亡くなってしまいました。

お葬式から帰ってきたところです。

私が小さい時には、お父さんのような存在でした。

母のお腹の中にいる時、父が急死し、それから私たち親子を心配し、気遣ってきてくれました。

欲しい物を買ってくれたり、いろんな場所へ母と私を連れて行ってくれて楽しませてくれた人です。

今年の5月には、花見に連れて行ってくれました。このブログにも書きましたね。その時は元気でした。

お見舞いで7月に会ったときは、顔色が悪かったのですが、絶えず気をつかい病人とは思えませんでした。

別れる時、とびきりの笑顔で私に手を振ってくれたのが最後でした。

おとといの通夜、昨日の火葬には仕事で立ち会えませんでした。

今日は、とつぜんいとこから頼まれ、葬式場の受付を担当しました。

おじの人柄を思わせるような穏やかな天気で、何百人と弔問客が訪れたお葬式でした。

私はまだ気が張ったままです。

亡くなったという実感が湧かないし、言葉の整理もできません。

これから日々を生きていくとき、おじさんとの思い出が甦ってくるのだと思います。

以前、癌と書きましたが、正確にはカルチノイドというそうです。初めて聞く病名です。

せめてもの救いは本人が苦しむことなく、安らかに旅立ったことです。

このことについては、また後日機会があったら、このブログでも話そうかなと思います。

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2010年12月 8日 (水)

出会い

日曜日に私の住む町内で福祉のイベントがありました。

福祉のほうのボランティアもやっているので前々から出席することになってました。

各ボランティア団体が日頃の成果を発表するステージもあります。

サプライズとして、地元で最も有名な劇団の皆さんが登場し、南京玉簾や獅子舞踊りを披露してくれました。

その中に素敵だな~と感じる男性がいました。

舞台終了後、来賓者全員で会食をしました。

なんと、その男性が偶然私の隣に座ったんです!

挨拶から始まって、たまたま劇団の歴史に少し詳しかった私は、男性と話をしました。

笑顔で対応してくれ、とても感じの良い方でした。

話の流れを見て、私は「メール交換してもいいですか?」と聞きました。

すると、「いいですよ」と返事が。

私は持っていたメモ帳に名前とメアドと住所を書きました。

彼に渡すと、「じゃあ僕も書きます」と書いてくれたのです。

私が「あっ、電話番号書くの忘れた」といってメモ用紙をもう一度もらって書くと
「僕のも書きますね」と携帯番号まで書いてくれたのです。

彼は、プロ野球選手のダルビッシュ有さんに似ています。
(最近、世間を騒がせた方なので、別の有名人に例えようとしましたが、例えるならこの方しかいない)。

いわゆるイケメンくんですが、衣装を脱いだ私服はとても質素で、好感が持てました。

「じゃあ、是非舞台の公演も見に来てくださいね」と言われ、食べ終わった彼はその場を去り、他の劇団員と一緒に帰っていきました。

「ああ、肉食系女子が炸裂してしまった~」

家に帰って自分の行動に顔が熱くなりました。

その後、さっそくメールしてみましたが、返信はありません(笑)。

初対面だし、私より3才年下です。

それに、劇団に入ったばかりの駆け出しだそうです。

稽古に公演に慌しい毎日を送られていることでしょう。

私のほうがお姉さんだし、節度を持って接しようと思います。

役者という世界に飛び込んで必死で毎日を生きている彼の休日は、とても貴重なものだと思います。
だからお姉さんの私は、プライベートの彼を邪魔するようなことはできません。

私は、彼の一ファンとなり、舞台を見に行って楽屋に激励をしに行くくらいの関係になるのが望ましいと判断しました。

それに、私も物を書くようになって狭い地域ですが世間に名前を知られてきたし、介護の仕事に就いて2ヶ月なので、あまり軽々しいことはできないと思っています。

お互い自分のことに精進すべき立場の人間です。

なので、私の恋愛はまだまだ先になりそうです・・・。

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2010年12月 4日 (土)

つぶらの死から6日

中学生から毎回一匹ずつ、4匹のハムスターを飼いつづけてきました。

「つぶら」は、我が家の4代目ハムスターでした。

私になつき、しぐさが可愛かったので、今まで飼ったハムスターの中でいちばん溺愛してきました。

母は私の可愛がりようを見て、死んだ時には、たかこをどう慰めようか密かに悩んでいたそうです。

「そんなに悲しがらないでよ、僕あんなに楽しませてあげたじゃないと言ってるよ」

「たかこちゃんありがとうって天国から言ってるよ」

などと幼稚園児を母親が慰めるときにつかうような言葉をかけてくれます。

母は死んだ直後、号泣しました。

母は最初は苦手だと言ってましたが、飼ううちに情が湧いてきて可愛がっていました。

あのフワフワとして温かい感触が手に残っています。
鼓動が手に伝わり、耐えまなく小刻みに震えているような感触も残っています。

死から6日たって少し落ち着いてきました。

改めて「つぶら」の存在感の大きさに気づいています。

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