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2011年12月22日 (木)

けじめ

ご報告が遅くなりましたが、11月末日をもって介護の仕事を辞めました。

1年1ヶ月間、私なりに懸命に働いてきました。
しかし、自分は介護の仕事に向いていないと判断し、母をはじめ周囲にも相談して決断したのです。

入浴介助を除いては、職員とほとんど変わらない仕事内容でした。
給与は、わずかなもの。
私と同じ世代の健康な女の子に比べれば、はるかに低いものでした。

精神疾患を持ちながら、外に出て働くことの厳しさは、当事者仲間から聞いていました。
統合失調症を持つ知人は、難関大学を卒業し、しばらく家にいましたが、作業所に通うようになりました。
給与は、一日働いても100円という厳しい現実。
ひと月6万円ほどの年金に頼る生活です。

このブログでは一度も告白したことはありませんが、私は、知人ほどではありませんが、やはり例外ではありませんでした。

私には、ありがたいことに、介護の仕事を辞めても、他に収入源がありますので、贅沢さえしなければ、生活していけますので、大丈夫ですよ。
それに実家住まいだということもプラス要素ですね。

給与のことばかり考えれば、マイナスの方向にいってしまいますが、仕事をしたことでお金には変えられない、大きな収穫があります。

人生経験豊富なお年寄りとの交流で、たくさんの優しさをもらったこと。
ちょっと手伝っただけで、お年寄りから「悪いね。ありがとう」とこちらが恐縮するほど感謝され、私もなにか人の役に立てるのだとうれしく思いました。

そして、花嫁修業もできました。
料理は、数え切れないくらい覚えることができました。
50代、60代の女性が多い職場で、「長野のお嫁さんは、ひとりで野沢菜を漬けられなければ一人前じゃない」と言われ、しっかり仕込まれたのです。
家でも、職場の影響で、お皿洗いから、洗濯物の干し方まで改善できるようになりました。

夜は午後11時までには、布団に入る習慣がつき、身体がラクになり、よく動けます。

理事長の「利用者を楽しませてナンボの仕事だからね」との指摘には、十分にお応えできた自信はありませんが、以前より性格が明るくなりました・・・。

今後は、詩、短歌、俳句などの創作活動に打ち込んだり、資格の勉強をしたり、結婚に向けて(できれば永久就職できるよう)頑張っていきたいです。

おかげさまで広報紙への連載も今年の9月で、3年目に突入しました。

今後とも私をよろしくお願いいたします。

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2011年12月18日 (日)

もうすぐクリスマス

クリスマスまで、あと一週間ですね。

彼とは週2回電話をする程度で、1ヵ月会っていません。

いったん距離を置いてみて様子を見ようということになりました。

それでも、クリスマスには会いたいね、ということになり、会う予定です。

彼は、体調も良くなり、元気です。

男性がクリスマスにほしいものをネットで調べたり、本人からリクエストを聞いてネクタイを贈ることにしました。

私が知っているブランドもありましたが、値がはるので、西陣織のネクタイに決めました。

私の希望は、赤い薔薇(笑)。

でも、とげがあるから、花はセンスに任せると言っておきました。

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☆西尾佳アナ情報

昨夜のこれダネは、白馬村からの中継でした。
古民家を改築した「なべや庄屋丸八」

たくさんのお客さんで賑わっていました。

西尾くん、美味しそうに三種類のお鍋を食べていましたね。

まず、モツ鍋が登場しました。
豚ののどの軟骨も入っていて、鳥の軟骨以上にこりこりしていて、つるっとした食感だそうです。

2品目は、白馬鍋。
熱したなべに、どっさりの綿あめを入れて溶かしていました。
これには、驚き。
そのなかに、はくばの豚、調味料を入れました。すき焼きです。
味は、甘ったるくなく、むしろはくば豚の甘みが際立っているとのことでした。

3品目は、吹雪鍋と呼ばれる真っ白い鍋。
具は野菜、豚肉などでした。

西尾佳の歴史コレクションでは、鍋の歴史について教えてくれました。

1000年以上前からある日本料理です。

江戸時代には、東ではおでん、西では湯豆腐が人気でした。

明治以降は、1200年続いた肉食禁止をといて、鍋に肉が入るようになったそうです。

今回も勉強になりました。

うちも、味の素のほんだしレシピの「豚バラと白菜の重ね鍋」を美味しくいただきましたよ。

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2011年12月10日 (土)

懐かしい歯科医院

長野も本格的に寒くなってきました。

8年ぶりに歯医者さんへ行ってきました。

寒風が口に入ると、上の歯の奥から二番目の両側の歯にしみて、痛みを感じたのです。

今回は、私が保育園から小学校低学年にかけて通っていた歯医者。

20年前と全く変わらない院内。
そして、20年前と変わらない色の入ったレンズの眼鏡をした受付のおばさん。

タイムスリップしたようでした。

母と同じ世代くらいの歯科衛生士のおばさんが保育園の頃の私を覚えていてくれて、しみじみと大きくなったねえ、と言ってくれました。

「私のこと、覚えています?」

「うん、よくお母さんに連れられて来ていたじゃん」

と微笑んでくれました。

20年という月日が経っているのに私を覚えていてくれる人がいるなんて・・・。

涙が出る思い。

診察結果は、虫歯ゼロ。きれいな歯をしているということでした。

水をかけても痛みはなく、よっぽど冷たいものでないと歯にしみないことがわかりました。

知覚過敏でもないということでした。

歯石をとりに来週も行きます。

再会あり、歯も健康だとわかった(笑)いい日でした。

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☆西尾佳アナ情報

今夜のこれダネは、長野市の南長野運動公園からの中継でした。
住民手作りのイルミネーションフェスタ開催中。今月24日まで、時間は午後5時から午後10時まで点灯しています。

園内には、色とりどりの作品がたくさんありました。
6万球あるそうです。

1000本のペットボトルで作ったツリー。ピンクとブルーに点灯していました。

地元に住む子どもたちが書き上げたポスター画がずらりと並んでいて、絵のふちが電球で光っていました。

土日の夜7時までは、地元の奥さんたちがボランティアで、すいとんやおでん、綿あめをふるまっています。確か、すいとん一杯200円でした。
西尾くんも美味しそうに食べていました。

このボランティアをされている奥さんたちのチーム名を「信州なでしこ隊」というそうです。

これにちなんで、西尾佳の歴史コレクションでは、なでしこの花の歴史について教えてくれました。

奈良時代からある花で日本最古の花のひとつである。

唐なでしこと区別するため、日本のなでしこを「大和撫子」と命名。

外来の唐なでしことは違い、繊細な茎、可憐な花が特長です。

今回も勉強になりました!

番組のエンディングで、7メートルのツリーのなかに入って「信州なでしこ隊」の奥様がたに囲まれて、今夜も無事に中継を終えました。

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2011年12月 5日 (月)

変化

仕事のことで、私にとっては大きな変化がありました。

あまり良くないことです。

企業では聞いていたことですが、まさか介護の世界にまで存在するとは。

詳しくは近日中に書くかもしれません。

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☆西尾佳アナ情報

12月3日のこれダネは、高森町からの中継でした。
ビニールハウスのなかには、12万5千個の干し柿がつるしてありました。
高森町で作られる干し柿は「市田柿」と呼ばれ、美味しくて有名です。

皮をむいて、1ヵ月乾燥し、柿もみをして、天日干しさせ完成だそうです。

ビニールハウスの中の柿は、感触がプニプニしていると西尾くんが言ってました。

天竜川から発生する霧、湿度と乾燥の加減が、おいしい干し柿になる要素だそうです。

西尾佳の歴史コレクションでは、柿の歴史について教えてくれました。

弥生時代の遺跡から柿が見つかりました。

柿は日本が発祥の果物です。
日本からアメリカ、ヨーロッパに伝わりました。

柿の学名は、ディオスピロス・カキ。
「神の食べ物である柿」という意味だそうです。

長野県は柿の生産量、出荷量が日本一だということでした。

今回も勉強になりました。

私の家の軒下にも、柿を干してありますよ。

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