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2013年3月 5日 (火)

31

先月28日に、31歳になりました。

あれ、31。なんだかなじみのある数字。そうだ、短歌の文字数が31じゃないか!

たまに、32文字になることもありますが。

常日頃、31文字を意識して生活しています。

31歳になったことで、よりいっそう誠心誠意をこめて歌を作ってゆきたいと思います。

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☆西尾佳アナ情報

3月2日のこれダネは、中野市中町通りからの中継でした。

この時期、中野の商店街には、いたるところに土びなが飾られています。 70店舗のお店にそれぞれ個性的な土びながありました。 この「まちかど土びな展」は、4月1日まで開催しています。

大判焼きのお店で西尾くんは、あんこ入り大判焼きをいただいていました。今川焼きともいいますよね?生地も厚く、あんこがたっぷり。とてもおいしそうでした。クリーム入りもあります。

衣料品店のショーウィンドー 、お菓子屋さんには、豪華なひな飾り。ねこちゃんがかわいいですね。明治時代からある呉服店には、金太郎、招き猫などの土びながありました。 50年前からある書店には、武士の土びながありました。髭をたくわえて貫禄があります。 家具店には、家具と家具の間にねこや七福神などが飾られてありました。

中野の土びなの顔は、福々しく、みな個性的な表情をしています。

全体的に、ねこや七福神が多いような印象を受けました。

西尾くんは、土びなのうんちくを語ってくれました。 中野は、江戸時代、江戸幕府直轄の場所で、長野県一にぎわった場所。土びなには、西原家がつくる歌舞伎物。奈良家がつくる縁起物があるそうです。 中野は、白壁が続いていたりして、歴史ある建物が多いですね。

西尾佳の歴史コレクションでは、土人形の歴史について教えてくれました。

1580年代、豊臣秀吉が城を建てるとき、瓦職人を集めすぎてしまって、職人が手遊びで作り始めました。

江戸時代、京都から人形師を呼び寄せて、それから中野に土人形が広まったそうです。

今回は、貴重な土びなの歴史の情報を聞けて、さすが歴史好きの西尾くん!と感心しました。 本当に土びなを見ていると、素朴な気持ちになれますね。

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